徳島のコレクション2011-II 展示ストーリー

所蔵作品展「徳島のコレクション2011-II」
会期:2011年4月16日-2011年9月4日
担当:森芳功・吉川神津夫・竹内利夫(専門学芸員)

特集 : 平成22年度 新収蔵作品

 このコーナーでは、2010年度に収集した作品をご紹介しています。
 今村源(はじめ)〈わたしにキク〉は、針金状のステンレスを使って身体をつくっています。キノコの菌糸からできたような、軽さの感じられる立体作品です。
 ぼうず頭の人物がたくさん登場する作品は、針生鎮郎(はりう しずお)の〈負の覚書〉。針生は、独立美術協会などで活躍しました。田中忠雄〈ガリラヤ湖〉は、キリスト教の福音書の一場面を描いた作品です。田中は、武蔵野美術大学教授や日本美術家連盟理事長などを歴任しました。
  徳島の画家としては、山下菊二、佐野比呂志、長尾弘子の作品を展示しています。山下は、現在の三好市井川町の出身で、戦後日本を代表する画家の一人です。ご遺族から4000点を超える作品・資料が寄贈されました。佐野と長尾は、戦後徳島の美術界を支えてきた画家といえるでしょう。
 洋画家・佐野の〈ひとり〉は、独立展に出品された作品。重ねられたタッチのなかに人物が溶け込んでいくように感じられます。画風を確立した時期の作で、画家の代表作の一つです。
 日本画家・長尾の作品のなかには、戦後すぐの県展で特選を受賞した作品があります。若々しく素直な姿勢で写生に取り組んでいて、初期県展の雰囲気を伝えています。
 なお、山下の寄贈作品と資料は、年明けの所蔵作品展(2012年2月4日~4月8日)で改めてご紹する予定です。
*作品保護のため、一部の作品は、5月23日をはさんで展示替えを行います。
山下菊二の3点  <王者のわかれ><顔色なし><徴兵拒否>
 ここにはアフリカ系アメリカ人のプロ・ボクサー、モハメド・アリ(Muhammad Ali)が描かれています。
  アマチュア時代のアリは、1960年ローマ・オリンピックのボクシング競技(ライトヘビー級)で優勝しましたが、人種差別に憤り、金メダルを川に投げ捨てました。プロ転向後は無敗でヘビー級王座につきましたが、ベトナム戦争への徴兵拒否を理由に、王座を剥奪されました。その後再び実力で王座につき、生涯に3度王座の奪取に成功し、通算19度の防衛を果たしました。人種差別に抗議して、積極的な発言を繰り返したことでも知られます。
 第二次大戦中、山下は中国戦線に従軍し、様々な残虐行為を目撃し、自らも荷担することを強いられました。戦後は自らの戦争体験を問い詰め、やがて戦争や差別など人権にかかわる問題を世の中に訴えかけることを、作品のテーマとしていきました。世の中と闘い続けたアリへの共感と、深い敬愛の思いが込められた作品です。

20世紀の人間像

  美術の変革期だった20世紀は、キュビスム(立体主義)をはじめとして新しい傾向が次々と現れました。一見、分かりにくく感じられる作品が生まれた時代です。「人間」を収集の柱としたのは、その難しさを解きほぐす鑑賞の入り口になる、という考え方にもとづいています。
  まず、ピカソ〈ドラ・マールの肖像〉、クレー〈子供と伯母〉など、20世紀を代表する作家の作品をご覧ください。日本の作家としては、人物の特徴を強めて表した安井曾太郎の肖像画〈宇佐美氏像〉、作家がもつイメージを強烈に投影した横尾忠則〈お堀〉〈カミソリ〉を展示しました。
 また、子どもの描かれた作品に焦点を当てた、「少女」、「家族の肖像」、「子どもたち」という3つの小コーナーを設けています。昭和初期に描かれた石川真五郎や河井清一、現代の作家、奈良美智などの作品をご覧ください。
少女
 石川真五郎〈少女像(真佐子)〉には、和服を着たふっくらした顔の少女が表されています。素朴な味わいのある昭和初期の少女像です。伊原宇三郎〈ゲレンデの少女〉に描かれているのは、スキー場で楽しむ少女です。雑誌の表紙の原画として描かれたもので、華やかでモダンな雰囲気が伝わってきます。
 瑛九〈少女の顔〉の人物は、抽象化されています。しかし、よく見ていくと、帽子をかぶった少女の姿と内面が浮かびあがってくるのではないでしょうか。
家族の肖像
 家族の姿を表した4人の作家の作品をご紹介します。
 河井清一〈休み日〉の家族は、自宅のテラスで、読書をしたり飲み物を飲んだりして、ゆったりと休日を過ごしているようです。石丸一〈家族の肖像〉には、子どもたちに囲まれた夫婦の姿が描かれています。子どもの一人は、勉強をしているのでしょうか。いずれも、昭和初期の作品です。画家が考える家族の理想が込められているのかもしれません。
  それに対して、麻生三郎〈家族〉は、第二次世界大戦後の作品です。戦後の復興をとげようとしていた時期に描かれた家族といえるでしょう。ジャン・シャオガン(張暁剛)〈ファミリー・ポートレイト《全家福》〉は、中国の一人っ子政策によって核家族化した家族のようすを捉えています。
子どもたち
 現代の作家が子どもを表した作品をご覧ください。
 奈良美智(よしとも)の作品には、ちょっと不気味でかわいい女の子が表されています。作品名にある「BROKEN TREASURE」とは、「こわれた宝物」という意味。何ともいえない彼女の表情から、いろいろなお話が想像できそうです。
  ファン・リジュン(方力鈞)は、中国の作家。〈1996 No.9〉には、花々に囲まれて合唱する子どもたちが描かれています。明るく笑っているようですが、泣いているようにも見える不思議な表情をしています。子どもたちは、未来への不安を宿しているのでしょうか。
  ニッキー・ホバーマンは、イギリスを拠点に活躍する女性作家。〈ミズスマシとゾウリムシ〉は、かわいいだけでない女の子の姿を捉えています。

徳島ゆかりの美術

 このコーナーでは徳島出身、あるいは徳島で一時期を過ごした作家たちの作品、徳島の風景や風物に題材をとった作品などを紹介します。

 今回は、油彩画で伊原宇三郎(1894-1976 徳島市出身)と河井清一(1891-1979 奈良県出身)の作品を紹介します。伊原の作品に共通しているのは、画面の中に屋外の風景が描かれていることです。〈室内風景〉(1948)と〈汾河を護る(夜は不眠の警備)〉(1938)は、時代も場所も異なるものの、画家の視点は共に画面の右下の方にあります。それぞれ、見比べてみてください。河井の作品では、画家の視線に注目してみました。〈こかげ〉(1922)と〈休み日の朝〉(1955)が描く対象と向き合っているのに対して、〈洩るゝ日〉(1933)と〈夏の朝〉(1959)では描く対象を高いところから見ています。どうして視点が異なっているのか、想像してみてください。

*作品保護のため日本画、水彩画、版画などは展示替えを行います。
*主な出品作家と作品は以下のとおりです。

4月16日~5月22日
日下八光(1899-1996 阿南市出身)〈阿南の海〉(1927)
廣島晃甫(1889-1951 徳島市出身)〈蓮〉(1939)
5月24日~6月26日
市原義之(1943- 小松島市出身)〈初夏渡航〉(1992)
6月28日~7月31日
大野俊明(1948- 京都府出身)〈阿波木偶Ⅰ-娘〉(2007)
中野嘉之(1946- 京都府出身)〈うず潮〉(2007)
8月2日~9月4日
靉嘔(1931- 茨城県出身)〈にじ・あわおどり〉(1990)
谷口薫美(1909-1964 三好市出身)〈阿波踊〉(1948-49頃)
 

現代版画

 人間像と並ぶ、もう一つの具体的な収集テーマが「現代版画」です。写真や印刷などのテクノロジーの発達は、私たちの暮らしはもちろんのこと、20世紀美術をとりまくビジュアル文化を大きく変えてきました。そのような時代の美術をとらえるとき、「現代版画」はすぐれた切り口になると思われます。
 今年度のこのコーナーでは、自然・時代・心といった大きなテーマにより、今日の世界を版画がどのように描いてきたのか、シリーズで探っていきます。
自然の心象  4月16日[土]-5月22日[日]
 3人の抽象作家をご紹介しましょう。
  菅井汲(すがいくみ)は、標識のように図形化した絵柄で知られます。1950年代に渡仏し当時の新しい抽象絵画の流行であったアンフォルメルの動向に参加し、最初は書道を思わせる記号のような形を荒い筆致で描きましたが、60年代から幾何学的な表現に向かいます。森や道路、光線を思わせる抽象作品は、スピードと緊張感に満ちた現代人の世界観を表しているようです。
  日本の戦後抽象絵画の草分けであった村井正誠(むらいまさなり)は、骨太の線と色面の構成で知られます。そこには人や建物などの実体をふと思い起こさせるような要素が、面影のように息づいています。彼が好んだ「顔」の作品を3点比べてご覧いただきましょう。
  高橋秀(たかはししゅう)はキャンバスに切れ目を入れ、大胆に空間を感じさせる絵画表現を貫いてきました。時に大らかなエロスを感じさせるその作風は、太古から人間の心にひそんでいる像を求めてもいるようです。「日本神話」のシリーズから2点をご覧ください。
  3人の表現は、風景や事物をそのまま描くのではなく、私たちの心に浮かぶ何かおぼろげに感じられるものを、表現のきっかけとしているように思われます。そして彼らは版画の専門家ではありませんが、技法材料の特長を簡潔に手なづけた、版の名手ともいえましょう。
自然をみつめる眼  5月24日[火]-6月26日[日]
 写真や版の性質をユニークな方法で使いこなす作家たちを紹介します。
 秋岡美帆(あきおかみほ)は、樹々や木もれ日を題材に、あえてとらえどころのない像を撮影し紙に転写します。その大画面を前に私たちは、日常のまなざしに見えていない自然と出会うことになります。武蔵篤彦(むさしあつひこ)は即興的なドローイングを、重ね刷りの版画技法で組み合わせます。ニュアンスに富んだ色づかいの元にあるのは、オーストラリアの森林風景を見た体験であったといいます。内なる自然のイメージを喚起する作品です。
 また、阪本幸円(さかもとこうえん)は、自然の素顔を再発見させます。ふる里である北陸の雪景色を舞台に、積もる、溶けるなどの変化にゆだねた造形を作品として記録します。
 出店久夫(でみせひさお)は鏡像のように反転する写真のコラージュを用いて、虚実をないまぜにした不穏な世界観をあらわします。一方、内田智也(うちだともや)の銅版画は、巨大な蜂の巣か鍾乳洞を思わせる地層と、迷宮のような光景がだまし絵のように入り組んだ、虚構の世界を描きます。黒一色のグラデーションがさらに閉塞感をあぶり出しています。
 作家たちは「写す」働きに一ひねりを加えることで、もう一つのまなざしと意識を手に入れたようです。

(「広島晃甫」の人名表記を「廣島晃甫」に改めました。)

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