徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
よだれ
1966年
アクリル絵具 キャンバス
53.0×45.5
1966年
アクリル絵具 キャンバス
53.0×45.5
横尾忠則 (1936-)
生地:兵庫県
生地:兵庫県
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横尾忠則よだれ
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この執筆者の文章
横尾忠則 「よだれ」
吉川神津夫
「何という無礼な芸術であろう。このエチケットのなさ」この言葉は、1966年に開催された横尾忠則の初個展(東京・南天子画廊)の案内状に、作家の三島由紀夫が寄せたものです。現在でこそ画家として活躍している横尾忠則ですが、当時、グラフィック・デザイナーとして活躍していた彼の油彩画による初めての展覧会でもあったのです。
〈よだれ〉もこの展覧会の出品作の一つです。確かに、この作品に描かれている、三白眼の血走った眼、強調された睫毛、開けられた口の歯並びは悪く、そこからよだれを垂らしている女性の姿は、三島ならずともエチケットがなく感じられるものです。ところが、この女性はロジェ・バディム監督のフランス映画「血とバラ」(1960年)で美人女優エルザ・マルチネリが演じた吸血鬼をイメージしたものだと言うのです。もっとも、横尾自身はマルチネリに対して強い関心があったわけでなく、背景に描いたニースの町の方に思い入れがあったと言います。横尾はこの前年にニースを旅行しており、ペラペラなポップアートのようなこの町が、60年代の絵画の主題に描かれるのにふさわしいと感じていたのです。風光明媚なニースの海岸は「天使の羽」と呼ばれています。町の高台に立つ女性は、本来のマルチネリならば天使のようであったかもしれませんが、酷悪に描かれたことで吸血鬼を演じた女優という面が強調されたようにも思えます。
横尾自身は美人女優をどうして酷悪に描いたのか、自分の本心は未だ謎だと語っています。しかし、この作品を含む「ピンクガール改めレッドレディー」シリーズの中で横尾が描いた、女性が本来他人に見せることのない酷悪な姿をさらけ出す様は、少年期に彼が女性に対して抱いていたイメージなのです。
また、映画からのイメージの引用は横尾の画業を通じて、頻繁に登場するものです。彼にとっては、現実の物語だけが人生にとって価値があるものではなく、映画も立派な現実なのです。横尾が他に引用している、古今東西の名画、漫画、ポストカードのイメージなども同様でしょう。この作品が描かれた1960年代の半ばでは特別だったかもしれないこの感覚も、様々な媒体を通じて様々なイメージに日常的に囲まれている現代では、より多くの人に共感を得られやすくなっているのではないでしょうか。
そして、「ピンクガール改めレッドレディー」のイメージは、時を経て1990年代初め頃から、再び横尾の作品に登場してきます。当館が所蔵している版画集〈今昔物語〉(1991年)のようにイメージがそのまま引用されることもあれば、モチーフを生かしながら、全く違う色彩を用いて描かれている場合もあります。横尾はイメージを反復している理由として、当時、自分が持っていた少年の心を今も持ち続けているのか確認する作業だと語っています。
横尾は現在75歳になりますが、毎年のように美術館で個展が開催されています。今なお、創作意欲が衰えないのも、少年の心を持ち続けていることがその原動力なのかも知れません。
(専門学芸員 吉川神津夫)
徳島県立近代美術館ニュース No.78 July.2011 所蔵作品紹介
2011年7月1日
徳島県立近代美術館 吉川神津夫
2011年7月1日
徳島県立近代美術館 吉川神津夫