徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
鳥・猫・子供・魚
1954年
油彩 キャンバス
80.3×65.2
猪熊弦一郎 (1902-93)
生地:香川県
データベースから
猪熊弦一郎鳥・猫・子供・魚
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猪熊弦一郎 「鳥・猫・子供・魚」

江川佳秀

 日本がようやく戦後の混乱から立ち直るころになると、海外の美術を紹介する展覧会が国内でも開かれるようになります。1951年にはマティス展、ピカソ展のほかに、戦後のフランス美術を紹介する「サロン・ド・メ」展が開かれています。
 マティス、ピカソの作品がまとまって日本にもたらされたのは、この時の展覧会が初めて。美術界にさまざまな波紋を投げかけました。しかし、日本の若い作家たちの心をとらえたのはこのような巨匠の作品よりも「サロン・ド・メ」展に展示された同世代の作家たちの新しい美術の動きでした。この展覧会に接したことが、多くの日本人作家にとって、その後の作風を展開する契機となりました。
 例えば、猪熊弦一郎をあげることができるでしょう。戦前の猪熊はマティスの作風をとり入れた洒脱な人物像を描き、モダニズムの画家として知られました。ところが戦後しばらくすると、この「鳥・猫・子供・魚」=写真、県立近代美術館所蔵=のような、具象と抽象の折衷ともいうべき作品を描くようになります。胸元に鳥を抱いた子供と猫を抱いた子供、鳥、魚などをいくぶん抽象化した形態で描き、背景にはグレーと黒の色面を配しています。抑制のきいた色彩は、明るく洗練された印象を与えます。「サロン・ド・メ」展に出品された作品は、シュールレアリスム、純粋な抽象など、さまざまな傾向が入り混じっていて、ひとまとめにすることができませんでした。しかし、大きな傾向の一つとして、アンドレ・マルシャンやアントニー・クラーヴェのように具体的な事物を発想の基礎としながら、巧みに抽象的な表現も取り入れた作品がありました。それらの作品の明るさは、平和な時代の到来を感じさせるものでした。「鳥・猫・子供・魚」をはじめ、猪熊のこの時期の作品は、彼らの仕事に連なっているといえるでしょう。
 その後、日本では海外の美術展が次々と開かれ、1952年にはメキシコ美術展が、1956年には日本の美術界がアメリカの現代美術に目を向けるきっかけとなった「世界・今日の美術」展が開かれました。また1951年の第1回サンパウロ・ビエンナーレ展から日本は海外の美術展に出品するようになり、各種の国際展でしばしば日本人作家が受賞するようになります。このころから日本の美術は長い戦争の時代から抜け出して、再び世界の美術とつながっていったといえるでしょう。
徳島新聞 県立近代美術館 31
1991年5月8日
徳島県立近代美術館 江川佳秀