徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
女
1933年頃
油彩 キャンバス
100.0×72.7
1933年頃
油彩 キャンバス
100.0×72.7
里見勝蔵 (1895-1981)
生地:京都府
生地:京都府
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里見勝蔵女
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この執筆者の文章
里見勝蔵 「女」
江川佳秀
日本の洋画の歴史をたどる際、ヨーロッパやアメリカとの関係をさけることができません。日本画の世界も海外の美術を意識して複雑な動きを示していますが、もともとヨーロッパから伝えられた表現技法である洋画は、もっと直接的な影響を受けています。
例えば明治二十七年にフランスから帰国した黒田清輝がコラン風の外光表現を日本に伝えると、彼の周りには多くの追従者が現れ、旧来の画壇と深刻な対立を生みます。また、大正期には印象派やフォーヴィスム(野獣派)などが、昭和の初めにはシュルレアリスム(超現実主義)やアブストラクション(抽象)などが留学生や各種の文献を通じて伝えられ、若手の作家たちによって熱狂的に迎えられます。戦後は抽象表現主義やポップ・アートなど、アメリカ美術との結びつきが強くなります。
一方、このような圧倒的な欧米の影響に対する反動からか、日本の風土を生かした洋画の創造を目ざす動きがいつの時代にもあり、日本画を試みる洋画家も現れました。しかし、おおむね日本の洋画は欧米美術の動向によって左右されてきたといえるでしょう。
里見勝蔵は1921年フランスに渡り、フォーヴィスムの巨匠グラマンクに師事します。帰国後は二科展に出品したあと「1930年協会」「独立美術協会」の結成に参加し、若い作家たちの支持を集めました。
里見はフォーヴィスムの生々しい息吹を日本に伝えた一人といえるでしょう。フォービスムは明暗や量感、奥行きなどの描写を捨て、荒々しい筆致と大胆な色彩で人間の根源的な情感を描き出そうとしました。「女」は第三回独立展の出品作品ですが、その特徴はこの作品にもよく現れています。鮮やかな朱色と黄色で描かれた裸婦が背景の紫、緑など奔放な原色のうねりの中に溶け込み、野性的な情熱を揺り動かすような魅力をたたえています。
林武はフォービスムをはじめ、フランスから次々と紹介される新しい絵画を消化することで、独自の表現をつくり出しました。1923年の二科展に出品された「女の顔」は婦人をモデルにした作品ですが、長い首、色面で示されたひとみのない目など、エコル・ド・パリの作家モディリアニの影響を見ることができるでしょう。しかし、モディリアニとの違いも目立ち、重厚なマチエールは林ならではのものです。模倣にとどまらず、自らの表現を探し求めていた若き日の果敢な制作をうかがうことができます。
徳島新聞 県立近代美術館 26
1991年4月3日
徳島県立近代美術館 江川佳秀
1991年4月3日
徳島県立近代美術館 江川佳秀