徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
岡本信治郎 ミノトールの死
ミノトールの死
1974年
アクリル絵具 キャンバス
左:162.1×130.4
中:162.1×130.4
右:162.4×130.6
岡本信治郎 (1933-2020)
生地:東京都
データベースから
岡本信治郎ミノトールの死
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岡本信治郎 「ミノトールの死」

浅田真珠

3枚の絵に、同じような形が細い線で描かれています。画面の中心あたりに赤色の目が一つずつあり、動物の横顔のように見えます。描かれているのは、ギリシャ神話に登場する半人半獣の牛の頭をした怪物ミノトールです。
ミノトールを主題とした作品に取り組んだ芸術家として、パブロ・ピカソ(1881-1973)が挙げられます。ミノトールというモチーフには、ピカソの心理が反映されており、ピカソが牡牛の仮面を被っている写真も残っていることから、ピカソにとってミノトールは自分の分身であったと一般的に考えられています(1)。
話を本作に戻しましょう。制作年は1974年。つまり、ピカソが亡くなった翌年です。作品名の「ミノトール」は「ピカソ」を指していると考えられ、「ピカソの死」をテーマとした作品です。
それぞれの絵について詳しく見てみましょう。
右の絵には、大きな角を持つミノトールが色彩を抑えて描かれています。まるで、ピカソの遺影であるかのような印象を受けます。
左の絵の「ピカソ」という文字は、1964年に日本で開催されたピカソ展のために、ピカソ本人が書いたサインの写しだと考えられます。ミノトールの頭上には、葉っぱの冠が捧げられています。これは、「名誉」や「栄光」という意味を表す月桂冠だと考えることができます。
中央の絵では、ミノトールの顔が描かれた布が赤いマニキュアを塗った女性の手によって広げられています。その顔からは血が流れているように見えます。この絵は、キリスト教の聖顔布を思い起こさせます。十字架を背負いゴルゴダの丘を歩くキリストが、ヴェロニカという女性の布で汗を拭うと、キリストの顔が布に写ったと言われています。
このような3枚の絵で1つの作品となっている本作は、キリスト教の三連祭壇画を想起させ、亡くなったピカソが聖なる存在として称えられていると解釈できます。しかし、作者の岡本信治郎(1933-2020)自身のピカソへの敬意が込められているだけではありません。岡本が現実社会や大衆文化を客観的な視点からとらえ、作品として表現した芸術家であったことを考えると、当時の日本社会全体のピカソへの敬意を表現した作品であると言えます。したがって、岡本は本作において、ピカソを20世紀の偉大な巨匠として賛美する当時の日本の社会現象も含めて、ピカソの死という歴史的な一つの出来事を表現したのではないでしょうか。

(1)永井隆則「ピカソとミノタウロス」『ピカソ 愛と苦悩―「ゲルニカ」への道』東武美術館、朝日新聞社、1995年、140頁。
徳島県立近代美術館ニュース No.128 December.2023 新収蔵作品紹介
2023年12月1日
徳島県立近代美術館 浅田真珠