徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
UNTITLED(BROKEN TREASURE)
1995年
アクリル絵具 綿布
150.0×150.0
1995年
アクリル絵具 綿布
150.0×150.0
奈良美智 (1959-)
生地:青森県
生地:青森県
データベースから
奈良美智UNTITLED(BROKEN TREASURE)
他の文章を読む
作家の目次
日本画など分野の目次
刊行物の目次
この執筆者の文章
奈良美智 「UNTITLED(BROKEN TREASURE)」
安達一樹
奈良美智の名前は、若い人々を中心に尋常ではない流行を見せた作家として記憶されていることでしょう。特に2001年から02年にかけて横浜を皮切りに国内5つの美術館を巡回した個展はひとつのピークで、奈良美智現象と呼ばれるほどでした。奈良の作品には、二頭身ともいえる頭部の大きな子どもが登場します。それらは、可愛く、可哀想で、気味の悪い雰囲気を持っています。奈良によれば、この登場人物は、奈良と一緒にいる独立した人格を持つ存在であり、また自分でもあるといいます。
一方、奈良は、自分は記憶にある小さい頃の世界と現在を自由に行き来し、そこから作品を作るためのインスピレーションを受けてきたといいます。この二つの話を合わせると、この子どもは、奈良の昔の姿であり現在の姿であるといえるでしょう。
この〈UNTITLED(BROKEN TREASURE)〉にも、その典型的な姿をした女の子が大きく描かれています。彼女は画面の右上方を見上げるようにして立っています。左手には双葉を持っています。ところが、それは茎の途中で折れてしまっています。
作品を見た人は、女の子が私を見上げて、茎の折れた草を示している。私は彼女から茎の折れた草を突きつけられている、という感覚にとらわれます。女の子の表情は無表情に近いものですが、目つきは私を非難しているようです。まるで私がその茎を折ってしまった加害者のようにも感じられます。また、加害者ではなかったとしても、彼女に何をしてあげることができるのでしょう。このどうしようもない状況に於いて、作品を見た人は、その人なりに私の物語を紡ぎ始めるほかありません。
奈良は、自分の作品の中にはメッセージなど他人に向けられたものはない、いつも全部自分に向かって描いているといいます。作品の女の子は、時空を超えた奈良の姿でした。そして彼女の感情が向けられている矛先は奈良自身だというのです。女の子の視線の先にいるのは奈良自身に他ならない、つまり、この作品は奈良自身で完結せざるを得ない世界です。そこに他者の入り込む余地は全くありません。深い孤独の世界です。そして、この孤独のあまりの深さが、絶対的な強さとなって作品を支えているのです。
携帯電話やEメールなど通信の網が全世界を覆い、瞬時にどこの誰とでも繋がるという今日、その分、顔を合わせるような直接的な繋がりが減り、人間関係はかえって希薄になったといわれています。個々の人は目に見えない網によって分断され、誰もがどこかに孤独を抱えるようになっているのではないでしょうか。奈良の国内巡回展がただならぬフィーバーぶりとなったということは、その孤独がいかに現代の人間にとって広く共通したものとなっているかを示しています。そして奈良の孤独が深く絶対的なものであるが故に、多くの人がその強さに憧れ、癒されているのではないでしょうか。
女の子の孤独に対して、私たちはどうすることもできません。私たちもまた孤独の中にいるのです。奈良の作品は、絶対的な孤独のモノローグといえるでしょう。
徳島県立近代美術館ニュース No.50 Jul.2004 所蔵作品紹介
2004年6月
徳島県立近代美術館 安達一樹
2004年6月
徳島県立近代美術館 安達一樹