徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
石井一 瓶(仮称)
瓶(仮称)
1950年代
油彩 キャンバス
71.0×59.0
石丸一 (1890-1990)
生地:徳島県小松島市立江町
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石丸一瓶(仮称)
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石丸一 「瓶(仮称)」

久米千裕

石丸一は、現在の徳島県小松島市に生まれました。生家は代々漢方医を営む旧家で、石丸もまた京都帝国大学医学部に学び、医業の道に進みました。卒業後は大阪市内で医院を開業し、その傍らで信濃橋洋画研究所に通い、小出楢重や黒田重太郎らに洋画を学びました。 
石丸は1927年に始まった全関西洋画展に第1回から第17回まで、ほぼ毎年出品しています。1928年からは二科展にも出品するようになりました。1931年には関西の仲間たちと共に「ロボット洋画協会」を結成し、シュルレアリスムの影響を感じさせる作品を発表して美術界の注目を集めました。また、1938年には二科会の前衛美術家たちによるグループ「九室会」の結成にも参加しています。
戦後は、1948年に関西の画家たちと共に「汎美術協会」を結成しましたが、やがて画壇と距離を置くようになりました。その後は、ときおり個展を開く程度で、画壇と無縁な場所で絵を描き続けました。
本作は、画壇と疎遠になっていた時期に描かれた作品です。背景は自由な線で横に五分割され、赤茶、赤、茶、緑の四色で塗り分けられています。そして、線の上に大きさも形もさまざまな瓶が並んでいます。静物画でありながら、独特のリズムと動きが感じられる作品です。
この作品には、三種類の描法が使い分けられています。一つ目は、赤や赤茶などの部分に見られる、筆ムラのない均一なベタ塗りです。二つ目は、緑の部分で、背景の一区画を緑の点でぎっしり埋めています。最後は茶の部分で、よく観察すると、グレーの下地の上に白を重ね、その上から茶を塗り、細い線で茶の表面を削っています。面、点、線の三つの異なる描法を用いることで、物体の質感の違いを表現しています。
石丸の画業を通観すると、彼が時代ごとに画風を大きく変えていたことがわかります。初期の明快な構図の作品から、キュビスムやシュルレアリスムといった海外の前衛の影響を強く受けた作品へ、そして、1930年代には点描で描いた具象的な風景画なども制作していました。医師という本業があったことで、画家としての立場に縛られることなく、自由に創作を楽しむことができたからなのかもしれません。本作もまた、石丸が新たな表現に挑み続けた軌跡の一つといえるでしょう。


徳島県立近代美術館ニュース No.135 October.2025 所蔵作品紹介
2025年10月1日
徳島県立近代美術館 主任学芸員 久米千裕