徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
唐仁原希 a portrait of a boy
a portrait of a boy
2013年
油彩 キャンバス
185.0×145.0
唐仁原希 (1984-)
生地:滋賀県
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唐仁原希a portrait of a boy
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唐仁原希 「a portrait of a boy」

宮﨑晴子

 西洋の肖像画を思わせる室内で、高貴な出で立ちをした少年が、おもちゃの馬にまたがってナポレオンさながらのポーズを取っています。薄暗いその部屋には、少年のほかは黒猫が2匹いるのみ。よく見ると、画面の左下にはマンガ本が描かれ、少年の指先には絆創膏が付けられています。そしてその瞳は、アニメやマンガのように大きく、また静かな光をたたえています。
ここは、現代の世界なのでしょうか。しかし、衣装や部屋のしつらえを見るに、何百年も前の西洋のどこかの国かもしれません。それとも――。この絵画世界を眺めた人は誰でも、作品がもつ物語を、自由に組み立て始めるに違いありません。
 唐仁原希(1984-)は、滋賀県に生まれ、京都を拠点に活躍している画家です。現在までさまざまな個展やグループ展などを開催しており、また2014年の「美少女の美術史」展(島根県立石見美術館ほか)、2021年の「美男におわす」展(埼玉県立近代美術館ほか)などの話題の展覧会でも、気鋭の画家として作品が取り上げられてきました。
彼女はこれまで、一貫して子どもを主題とする作品を描き続けています。そしてその作品は、西洋の近世美術と、現代日本のサブカルチャーを影響源とするモチーフを混在させた画面構成を特徴とします。歴史性と現代性の両面から語ることができる点に、作品としての面白みや独自性があるのです。
「作品を見た人がそれぞれの物語をつくってほしい」と、画家が話してくれたことがありました。彼女の作品は異国や夢想の世界のような舞台設定でありながら、そこには不二家のミルキーやサクマのドロップス、集英社の『週刊少年ジャンプ』、戦う美少女もののアニメに登場する変身ステッキなど、固有名詞をもつ、鑑賞者にとって見慣れたモチーフがよく登場します。それらは、作品の世界と私たちの生きる世界をつなぐ装置としての役割を果たしているのに加え、そのモチーフを手がかりにして、鑑賞者が物語を紡ぎ始めるきっかけになるという役割をも担っています。
加えて彼女の作品の鍵となるのは「孤独」の表現でしょう。彼女の作品の中に登場する子どもの多くは、ひとりぼっちでいるか、または大勢の中にいてもどこか寂しそうな表情をしています。それを見た鑑賞者は、作品の中の登場人物がどのような感情でそこにいるのかを想像し始め、彼または彼女の内面世界に足を踏み入れてゆくのです。
 この作品に戻りましょう。少年の高貴な姿と堂々たるポーズは、彼が本物の馬ではなくおもちゃの馬にまたがっていることと合わさると、そこに何らかの意味が生じるように思われます。例えば、強さとはかなさ、無邪気さと思慮深さなど、子どもの内面がもつ相反する多様な要素を暗示していると受け取ることができるのです。作品の中の少年は、子どもがもつ不安定で多面的な内面世界を象徴する存在として、私たち大人に向かってそれを尊く気高いものとして提示するために、英雄のようなポーズでそこにいるのかも知れません。
徳島県立近代美術館ニュース No.123 October.2022 新収蔵作品紹介
2022年10月
徳島県立近代美術館 宮﨑晴子