徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
野辺
1982年
紙本着色
130.0×212.0
1982年
紙本着色
130.0×212.0
高山辰雄 (1912-)
生地:大分県
生地:大分県
データベースから
高山辰雄野辺
他の文章を読む
作家の目次
日本画など分野の目次
刊行物の目次
この執筆者の文章
高山辰雄 「野辺」
森芳功
どこか謎めいた女性が表された作品です。一人が座り、もう一人は彼女に寄り添うようにして立っています。敷物のうえには、かわいらしい花かごがあり、二人の手には小さな鳥がとまっています。まわりに視線を向ければ、直線となって川が流れ、なだらかな森がやさしく囲んでいます。季節は春。日没前のひとときなのでしょう。山あいの家々が闇につつまれようとする一方で、とぼしい光を一身に集めるかのように川面が反射し、輝いています。とても静かな風景です。描かれているものを一つ一つゆっくり目で追いながら、作品の前に立っていると、画面からにじみ出してくる「空気」に心地よくつつまれるように感じることがあります。画面の大きさが、見る人をめぐる空間をつくっているからですが、そこには、どことなく安らかで懐かしい気持ちにさせるものがあるのです。
この〈野辺〉と名づけられた作品を読み解くためには、一度ゆっくりと作品と向き合い、画面から伝わってくる感覚に身をまかせてみる必要があるのかもしれません。その感覚は、画中の女性たちをつつんでいるばかりでなく、作者である高山辰雄(たかやま たつお)が表そうとしたものでもあるからです。
高山は、子どもの頃、野原で遊んだときに体中で感じた空気の感覚を今もよく思い出すといいます。そして、移りゆく季節がうみだす空気の肌ざわり、決して目だけでは捉えられない、体感して得られる空気の感覚を画面にこめたいと述べています。〈野辺〉にも、そのような積み重ねられた経験が表れているのです。細かな点描で描かれているからでしょうが、その空気の感覚は、日没前の光の微妙な感触と相まって一層印象深く感じられます。
さらに見ていくと、二人のまわりを、やわらかな光がとりまき、不思議な層をつくっていることが分かります。少し微笑みをうかべて立つ人は、どこか幼いおもかげを残しているようですし、座る人はもう少し大人っぽい顔つきをしています。作家は、この作品で、青春の境目を表そうとしたと述べていますが、想像力をたくましくするなら、描かれているのは二人でなく、一人の少女が大人の女になっていくところを表している、といえるかもしれません。そんな風に考えると、座っている人が、うつむきかげんで青い鳥をつかもうとしているのも、成長したがゆえにかかえる悩みと読むこともできるでしょうし、左側の少女が、この場から離れていきそうな、どこか頼りなげな雰囲気があるのも分かるような気がします。人物をとりまく光をはらんだ空気の層は、そんな微妙な心の時期を暗示しているのでしょう。
また高山は、美術学校の学生だった頃から、人間の生と死というテーマを制作の深いところに置いてきたといいます。この女性の姿を、日が沈み、また登っていく大自然の秩序や人の一生と重ねて見ることもできるのです。ただ彼は、自ら「絵解き」につながるような解説はしていません。ときに謎は謎のままとどめる抑制が必要なこともあります。本当は、作品を見る人が、自然のかもしだす空気を画中の人物と共有しながら、忘れかけていた記憶をたぐりよせ、作品と対話していけばいいのかもしれません。
高山辰雄は、1912(明治45)年大分県で生まれ、東京美術学校日本画科(現在の東京芸術大学)に学びました。戦後は、日展を中心に活躍し、日本芸術院会員、文化功労者となり、文化勲章を受けています。〈野辺〉は、文化勲章を受章した1982年に制作されたもので、それまで追求してきた人物や風景、花々や鳥のモチーフが集められた、高山芸術の魅力のつまった一点といえるでしょう。
*作家の発言は、筆者の聞き取りによるものです。
徳島県立近代美術館ニュース No.44 Jan.2003 所蔵作品紹介
2002年12月
徳島県立近代美術館 森芳功
2002年12月
徳島県立近代美術館 森芳功