徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
バロック・ポップ・バロン
1990年
ブリキ
223.0×56.5×57.0
秋山祐徳太子 (1935-)
生地:東京府(現東京都)
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秋山祐徳太子バロック・ポップ・バロン
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美術館ニュース 所蔵作品選1995

秋山祐徳太子 「バロック・ポップ・バロン」

安達一樹

 この作品は、所蔵作品展九四-IIIで、来年の一月二十二日まで県立近代美術館ロビーの、以前マイヨールの「着衣のポモナ」があった場所に展示されています。
 それぞれ時代も国も違うもので単純には比較できませんが、秋山のこのブリキ(実際の素材はトタンですが、作者が違いを知った上でブリキというのでブリキということになっています)で作られた作品は、マイヨールのブロンズで作られた作品と比べると、同じ彫刻といっても、どうも重厚さに欠けるようです。
 題名には、バロンすなわち男爵という爵位がついているので、決して軽くはないはずです。しかし、この男爵、爵位の中では公・侯・伯・子・男と最下位で、しかも多額納税者も入手可能であったという、金でも買える少々あやしい代物のようです。残念ながら、やはり、重さには欠けるようです。
 実は、この素材の軽さ、存在の怪しさが、秋山の作品の鑑賞の上での重要なポイントなのです。彫刻は、石やブロンズといった重い素材で作らなければならないと決められているわけではありません。しかし、作品がそのような立派な(?)素材で作られていないと分かると少しがっかりします。
 また、堅牢(ろう)さからしても、トタンは建材として屋根に使われるくらいですから他の素材に比べて遜色(そんしょく)は無いはずです。とはいえ、トタンと聞いただけで安っぽいイメージとなってしまいます。
 しかし、がっかりするにせよ、安っぽく見えようとも作品となったトタンは、石やブロンズと形を並べて鑑賞の対象とされています。ここでは屋根や樋(とい)のトタンに比べて飛躍的にランクアップしています。大芸術とは言えないものの立派な作品となっています。
 ところで、この作品という概念は、芸術という制度に支えられたものです。そしてこの制度は、日本の近代化の過程において教養として位置づけられ、ハイクラスの必須(ひっす)のアイテムとされています。しかし、芸術とは本当にそのようなものなのでしょうか。本来は、もっと猥雑(わいざつ)で身近なものではなかったのではないでしょうか。同じく日本の近代化の過程でつくられたハイクラスを示す爵位、その最下位にある男爵の怪しさは、教養の一部となった芸術の怪しさを見事に象徴しています。
 秋山のこのブリキの男爵は、ブリキでありながら芸術という制度によって作品として鑑賞され、また、作品となったが故に、同時に男爵という身分によって高尚な芸術の怪しさを恥じながら、飄々(ひょうひょう)と立っています。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈46〉
1994年10月25日
徳島県立近代美術館 安達一樹