徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
繰り返される模様
1999年
樹脂、布
160.0×40.0×21.0
1999年
樹脂、布
160.0×40.0×21.0
津田亜紀子 (1969-)
生地:長崎県
生地:長崎県
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津田亜紀子繰り返される模様
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この執筆者の文章
津田亜紀子 「繰り返される模様」
吉原美惠子
ゴブラン織りの布が、樹脂で固められて立つその彫刻は、本来繋ぎ目のない皮膚を持つ人体が、着衣のままで、工業製品としての織布をつなぎ合わせて成形されています。内部の空洞を想像させるために樹脂の固まりを残した継ぎ目は、彫刻の素材や表面を意識させるだけでなく、大量生産される製品のように身近な存在であることも感じさせます。織布という平面が立体物として立ち上がるとき、平面は表面となり、空間と対峙するその造形物が、場を支配するための重要な境界となることがよくわかります。さて、織布によって形をなしたその人は、確かに奇妙でしたが、静謐で知的な雰囲気もたたえ、不思議に気持ちを惹かれました。俯きがちに、拳を握りしめて立つ一人の女性。彼女はどこにいて、何をしているのでしょうか。これからどうしようというのでしょうか。
たとえば、彼女は大切な場所や人生の分岐点に立ち、これまでを想い、これから歩むべき自らの道を見つめているとしましょう。思い詰めたように佇んでいるさまは、周囲の空気の温度を少し変えているかもしれません。
津田亜紀子(1969- )は、長崎県に生まれました。彫刻家への道を志して上京し、1997年に東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了しました。そして、1999年の初個展では、樹脂と布を使った作品を世に問い、観る者に鮮烈な印象を与えました。新進の作家として世の中に一歩を踏み出そうとする、そんな日の津田の姿が、ときにこの立像に重なります。前途への不安も期待も夢も、すべてをその小さな背に負いながら、踏み出さねばならぬ運命の刻を迎えた人。作品は、その後の制作の可能性のすべてをはらんだ、いわば、津田の青春の日々のすべてが詰まっている立像であるとも言えるでしょう。初々しさとともに、豊穣と言うにはあまりに蒼く、柔らかで傷つきやすいゆたかさと慎ましさ、若々しさゆえの迷いも好ましいつたなさも、日常の悩みやひらめき、心躍るような冒険心も勢いも、生きている時代も空気も流した汗も涙も。彫刻の内部には、これらがみっしりと充満しているようです。
タイトルにある「繰り返される模様」は、製品としてコピーを繰り返す中から生まれる強いリズムや、コピーを繰り返しながら生きている人間の存在そのものにも思いを至らせています。繰り返されることで失われるものと強調されるものが際だつ私たちの日常を踏まえて、巧みに現実との距離を保っています。そして、さまざまな思いをすべてその重みとして、二本の足に預けて立っているのです。この立像に、来るべき時代を生き抜こうとする、ある生命の覚悟の姿を見いだすことができるでしょうか。あるいは、誰もが思い当たる、懐かしい「あの刻」が封じ込められていることに気づくでしょうか。
徳島県立近代美術館ニュース No.73 April.2010 所蔵作品紹介
2010年4月1日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
2010年4月1日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子