徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
黒川弘毅 Eros 46
Eros 46、Eros 47、Eros 48
2004年
ホワイトブロンズ
46:83.5×37.0×25.0
47:83.0x38.5x21.0
48:80.5x42.0x26.0
黒川弘毅 (1887-1964)
生地:東京
データベースから
黒川弘毅Eros 46
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黒川弘毅 「Eros 46」「Eros 47」「Eros 48」

安達一樹

この度、黒川弘毅(1952-)の〈Eros 47〉〈Eros 48〉を収蔵しました。これで既収蔵の〈Eros 46〉とあわせて、3体の〈Eros〉が揃いました。“揃いました”というのは、これらは、黒川が「46,47,48は、この材料(ホワイトブロンズ 筆者注)でレギュラーサイズ(等身大)のErosを作ってみたくて作りました (1) 」という3体で、2004年の東京のコバヤシ画廊での個展に揃って発表されたものだからです。
黒川は〈Eros〉について「〈制作ノート〉エロースEros、あるいは“像”の生成について」で語っています。(2)
それによると、作品のタイトルについて「プラトンの『饗宴』のなかに偉大なダイモーンの一人であるエロースについて述べられていますが、私はこのタイトルをこれに因みました」とあります。ダイモーンとは『饗宴』の中で、神と人間の中間に位置する存在であり、エロースは美にまつわるダイモーンとされています。その名の由来から、〈Eros〉は見る人と美を結ぶ働きをするものということになります。
また、エロースは策知の神ポロスと貧窮の神ペニアーの間に生まれた息子という出自から「得る」と「失う」双方の性質を持つと『饗宴』で説かれています。そのことから敷衍【ルビ:ふえん】して、黒川は「エロースというタイトルは、美しいものを最初のものとして見いだす能力を作品を見る人々に励起しつづけることを願って付けられています」といっています。
作品を見てみましょう。図版の右端の1体を見ると、像にはざらざらで黒い部分があることがわかります。
像は、黒川が創造主の奴隷となって手で掘った(3)という穴にブロンズを流し込んでできた塊です。黒い部分は、鋳造の過程で溶けたブロンズが空気に触れて急速に冷やされて固まった部分です。この部分を黒川は、「このものの発生の記憶をとどめて」いるものとして、手を付けずに残しています(4)。他の部分は、像の表面をグラインダーで削っています。像はブロンズの塊ですのでいくらでも削れます。削るのを止める時について「これから形を成そうとする、何か力がこの中に充実した時(5)」と黒川は言っています。このように像の黒い部分と削られた部分は、ものの発生とその成就として、この像がブロンズによる形の出現であることを示しています。
〈Eros〉を見るとき、私たちは、出現したブロンズの形を通して形而上的な美を得ることになるでしょう。しかしエロースの「失う」性質からしてそれは直ぐに失せてしまいます。しかしまたエロースの「得る」性質からして、〈Eros〉を見る度に、常に新しく美に誘われるのです。

(1)黒川氏から筆者宛の2023年10月6日付メール
(2)『武蔵野美術大学研究紀要』2003-no.34、武蔵野美術大学、2004年3月、pp.155-158
(3)「〈Eros〉の制作過程について」 教授退任記念展「黒川弘毅-彫刻/触覚の理路」カタログ、武蔵野美術大学美術館・図書館、2022年10月、p.66
(4)前掲(2) p.155
(5)大谷省吾「[解説プログラム]アーティスト・トークの一年を振り返って」『現代の眼(東京国立近代美術館ニュース)』No.557 2006年4・5月号、東京国立近代美術館、2006年4月、p.12

徳島県立近代美術館ニュース No.129 April.2024 所蔵作品紹介
2024年4月16日
徳島県立近代美術館 安達一樹