徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
村上早 はおる
はおる

リフトグランド・エッチング、 スピットバイト 雁皮紙、紙
149.5×117.5
村上早 
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村上早はおる
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村上早 「はおる」

安達一樹

「幼い頃の私は本当に臆病を形にしたような人間だったんです。怖いものがたくさんあって、たとえば遊具で遊ぶとか、(中略)私は怖がってしまって全然できなかった。それが恥ずかしくて、でも、その恐怖心を誰にも悟られたくなくて、ずっとびくびくしながら生きていました(1)」という村上早むらかみ さきは、大学の授業で「銅版画を教えている高浜(利也)先生に褒められたから銅版画でもやってみよう、と、すがるように制作を始めて、そうしたら自分の生きてきた半生と、銅版に傷をつけるという行為がすごくしっくりきました (2)」と銅版画との出会いを語っています。
そして「銅版画自体が傷を付ける技法なので、銅版が人の心で、そこに付ける傷が心の傷で、刷りは血で、拭き取るものは包帯やガーゼだと意識して制作しています。傷を付ける行為自体が加虐と自虐を兼ね備えていて、自分は誰かに傷つけられるし、誰かを傷つけたいというのが常にあって、それは人間みんなそうだと思っています」と言います。村上の作品の根幹には「傷」があります。
〈はおる〉は熊と人の二人羽織。背後の熊が人を抱きかかえるようにして、フォークに突き刺した肉の塊のようなものを食べさせようとしています。しかし塊は人の顔にぶつかり、顔一面に飛び散った液体は腿にまで滴って、大惨事の様相を呈しています。
村上は自身のインスタグラムで、 「熊を何年にも渡り描き続けていますが、熊は恐ろしいので好きです。恐怖を感じるものが好きです。『生』も『死』も恐ろしいから描き続けているのだと思います(4)」と記しています。村上が描く恐ろしさには、人を惹きつける力があります。
村上は1992年に群馬県に生まれ、武蔵野美術大学、同大学院で学びました。在学中の2015年に「FACE 2015 損保ジャパン日本興亜美術賞」優秀賞、「第6回山本鼎版画大賞展」大賞、「トーキョーワンダーウォール公募2015」トーキョーワンダーウォール賞、「シェル美術賞2015」入選と、立て続けに入選・受賞を重ね、注目を集めました。2019年には上田市立美術館で個展「gone girl 村上早展」を開催したほか、グループ展への出品も重ねるなど、精力的に大型の銅版画作品を発表し続けています。
当館では令和6年度の新収蔵作品として、2015年のトーキョーワンダーウォール賞を受賞した〈めぐらす〉から今回紹介した2024年の大型作品の最新作〈はおる〉まで6点の村上の作品が、コレクションに加わりました。
(主席 安達一樹)

(1) 「銅版画、私の傷。 インタビュー・村上早」 『版画芸術』No.190 2020冬 阿部出版 2020年12月 p.55
(2) 同前
(3) 「インタビュー 村上早 銅版画家」 『SANPOMYUZE』vol.07 サントミューゼ 2018年12月20日 p.3
(4) インスタグラム do_han_saki 2024年9月21日

徳島県立近代美術館ニュース No.133 April 2025 所蔵作品紹介
2025年4月
徳島県立近代美術館 安達一樹