徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
light/shadow
2019年
HDビデオ(Color/Silent) 7min7sec/7min11sec
53.5×53.5
林勇気 (1976-)
生地:京都府
データベースから
林 勇気light/shadow
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林勇気 「light/shadow」

吉原美惠子

 今日の私たちにとって、身の回りの「手仕事」といわれるような、手をこまめに使う作業はどんどん減りつつあるように思われますが、反対にさまざまな機器や道具を用いて作業をすることは多くなっています。中でも、テレビやラジオ、デジタルカメラやゲーム機、各種プレイヤーや電子辞書、パソコンやスマートフォンなどの電子機器に触れる時間は、年を追うごとに長くなってきているのではないでしょうか。手のなす仕事は時代によって大きく変化しています。
 この作品の画面には人の手が現れます。しかし、一見しただけでは、何をしているのかよくわからない動きをしている手指です。その指先や手の甲からは、糸くずのような光が、まるで生き物ののように揺らめき、忙(せわ)しくうごめいています。この手指は、作家自身がスマートフォンを操作している時の手指の動きを基に、描画を幾重にも重ねるという丁寧な作業によって作り込まれ、光と影による揺らめきの中に現れます。スマホを操作する動作は、現代社会では極めて頻繁に目にするものです。
 絵画の起源が「影」に始まるといわれたように、映像の起源も影と深く関わっています。おそらく人類が最初に観た映像は、洞窟の中でろうそくの炎に照らし出され、生き生きと動いている諸々の影だっただろうという説があります。
 アニメーションの起源である「アニマ」は古代哲学では魂や精神、いのちにその起源を持っています。本作も、そのような文明の歴史への意識を投影し、映像の起源にも言及した、優れた作品だといえるでしょう。揺らめく描線に縁取られた手指の動きは、まさに生き生きと炎に照らし出された影のようであり、大量の光の輪郭線によって認識される手指は、観る者の意識によって、光のようにも影のようにも見えて、図と地が複雑に入れ替わるような不思議な感覚を味わうこともあります。意外なことに、この作品は電子工学の先端技術や機器を駆使しながらも、誠実な「手仕事」によって創りあげられたアニメーション作品でもあります。
 二つの映像が関わり合う時の手指の動きをよく見ていると、あるいのちが、探るように別のいのちを探し求めているようにも見えることがあります。そして各々が自由に振る舞うなかで関わり合い、やがて二つのいのちが融け合うような場面を目にする瞬間があることでしょう。そうして考えてみれば、スマホそのものが他と繋がりを持つための機器であり、現代を生きる私たちのコミュニケーションにとっても大切な道具であることに気づかされます。どこにいてもスマホを片手に、すぐ傍にはいない誰かと親しく繋がりながら生きている人を私たちは数多く見かけますが、もし、スマホを通しての人と人との繋がりや気持ちを可視化することができたならば、身の回りがこんなふうに見えるのかもしれません。
 林勇気は1976年、京都府京都市に生まれました。1997年より映像作品の制作を手がけるようになり、関西を拠点に、国内外で作品を発表するなど意欲的な活動を続けています。目に見えない大量のデータが浮遊し、行き交う現代社会の様相を色濃く作品に取り込みながら、作品が置かれる場面に相応しい、明晰な作品を創り出します。現代社会におけるさまざまなメディアと私たちの暮らしがどのように関わっているのか、美術表現の歴史に私たちが生きている時代を刻む、重要な作品です。
徳島県立近代美術館ニュース No.113 April.2020 所蔵作品紹介
2020年4月
徳島県立近代美術館 吉原美惠子