徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
鳩のように
1955年
油彩 板
61.0×50.0
1955年
油彩 板
61.0×50.0
マックス・エルンスト (1891-1976)
生地:ドイツ
生地:ドイツ
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エルンスト鳩のように
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所蔵作品選1995
マックス・エルンスト 「鳩のように」
友井伸一
マックス・エルンストが十五歳のころのことです。彼がかわいがっていたインコが死んだちょうど同じ時に、妹が誕生したという知らせが入ります。少年の彼は混乱し、極度の錯乱状態におちいりました。生と死についてのこの体験は、彼の中に鳥と人間の混乱を生じさせ、のちには自らを鳥の王であるロプロプと同一視させるに至ります。県立近代美術館所蔵の「鳩(はと)のように」では、人間の頭部を思わせる赤い球体の中に、図案化されたマークのような二羽のハトが描かれています。これは、六十四歳のときの作品で、十五歳の時の体験が、なおも影響を与えていることが分かります。この体験は彼が取り組んだシュルレアリスム(超現実主義)の運動と深くつながっているのです。
1924年に詩人ブルトンが出した「シュルレアリスム宣言」はシュルレアリスムを人があらゆる方法で心の真の働きを表現する「純粋なオートマティスム(自動筆記)」と定義づけます。そして、優れた理論家でもあったエルンストは、この超現実主義を単に、夢や潜在意識を写しとり、自分だけの小宇宙をつくり出すことであるとは解釈しませんでした。現実と夢、外部と内部という対立や境界線を解消し、内的世界も完全な現実の世界であるとする活動だ、と考えました。従って超現実とは、単に現実を超えるということではなく、外部と内部の対立を超えた現実のこととして、とらえられているのです。
また、エルンストは理論だけでなく技法上でも重要な活動を行います。彼は、ピカソやブラックが始めた、画布に布や紙を張り付けるパピエ・コレをコラージュとして発展させます。画面に既製の何ものかを導入することで作品が形成される過程に第三者として立ち合うこと。これが彼のオートマティスムなのです。加えて、板の木目や紙切れの上に紙を置き、その上からなぞるフロッタージュや絵の具を塗った面を重ねたり、折ったりすることで形を作るデカルコマニーのような偶然の効果を期待する技法も用います。
このような技法と確かな理論に裏付けられた彼の絵画は、幻想的な根源のイメージを自動的(オートマティック)に生み出すのです。「鳩のように」では、これらの技法は使われていませんが、絵の具を透かして見える下地の板の木目がフロッタージュの効果を思わせます。洗練された出来栄えの中にも執ように立ち現れる鳥のイメージは、彼自身を彼の著書『絵画の彼岸』で示されたあの現実へと誘っていたのです。
徳島新聞 県立近代美術館 22
1991年3月7日
徳島県立近代美術館 友井伸一
1991年3月7日
徳島県立近代美術館 友井伸一