徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
台所の母子
1911年
油彩 キャンバス
119.0×95.0
アルベール・グレーズ (1881-1953)
生地:フランス
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グレーズ台所の母子
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アルベール・グレーズ 「台所の母子」

友井伸一

 一目見たところでは、地味な色合いで、何が描いてあるかもはっきりしない奇妙な画面だと思われるかも知れません。でもよく見ると、中央付近にある椅子の背もたれや、そのそばでたたずむ子どもの姿、椅子に座っている女性の姿や、足下の犬、タライなどを見つけることができるでしょう。
 この絵は、キュビスムという手法で描かれています。20世紀の初めにピカソやブラックが始めた方法です。ものの立体感や奥行きを表す方法として、ヨーロッパではルネサンス以後、遠近法や明暗法が用いられてきました。それは、つまるところ、ある一定の場所から眺めた光景をそれらしく見せる方法です。そういえば、江戸時代に日本に遠近法が輸入された当初、それは「だまし絵」の技術として利用されました。いまでいう3Dのようなものでしょうか。
 ピカソたちは、この伝統的な手法を、結局は立体的に見せかけている幻影、まぼろしにすぎないのではないか、と考えました。実際、人間は固定したカメラのような視点から、ものを見ているわけではないのです。そこで、彼らは、様々な視点から、ものを捉え、それらを同時に描こうと考えました。
 そこで、いろんな角度から見たものの姿を幾何学的な形に単純化した形に置き換え、それらをもう一度、平面上に構成していったのです。
 フランス生まれのグレーズもこの運動に共感した一人です。ジャン・メッツァンジェやフェルナン・レジェらと、キュビスムの抽象化を推進するグループ「セクシオン・ドール(黄金分割)」を結成し、キュビスムの理論的指導者としても活躍しました。
 この絵が描かれた1911年というのは、フランスの大規模な展覧会であるサロン・デ・ザンデパンダンやサロン・ドートンヌにグレーズらキュビストたちの作品が多数出品され、話題となった、キュビスムにとっての重要な年です。
 このころは、グレーズにとって、キュビスムの分析を深め始めた時期に当たります。いまだ、陰影をつける明暗法のなごりや、奥行き感の表現など、伝統的な手法の影響が抜けきれず、視覚的にそれらしく見せようとする傾向が残っています。また、ものの形が断片化する程度も、まだ低いと言えます。そのため、描かれた対象の姿を比較的容易に認めることができます。
 しかし、そのことが逆に、形の分析にひた走るような冷たさよりも、画面に豊かな味わいを与えているとも言えます。またそれと同時に、ものの量感に対する分析が着実に進みつつあり、キュビスムの分析が、これからどんどん深まっていくことを予感させてくれます。キュビスムという運動がもっとも盛り上がろうとしている時期に描かれた、興味深く貴重な作品といえるでしょう。

徳島県立近代美術館ニュース No.64 Jan.2008 所蔵作品紹介
2008年1月
徳島県立近代美術館 友井伸一