徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
キキ・ド・モンパルナスのマスク
1928年
ブロンズ
20.5×18.0×15.7
パブロ・ガルガーリョ (1881-1934)
生地:スペイン
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ガルガーリョキキ・ド・モンパルナスのマスク
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徳島新聞連載1990-91 所蔵作品選1995

パブロ・ガルガーリョ 「キキ・ド・モンパルナスのマスク」

友井伸一

 黄金に光る卵形の球体。よく見ると内部が空洞になっています。眼らしき部分、口らしき部分、鼻らしき部分に気がつくと、「ああ、顔なのだ」とわかります。
 この彫刻を作ったのはパブロ・ガルガーリョ(1881年-1934年)。パブロ・ピカソと同い年で、生まれも同じスペイン人。二人は10歳代後半の頃からの友人で、ピカソがパリに出た後のバルセロナのアトリエをガルガーリョが使ったり、1907年にガルガーリョがパリに滞在した時に、はじめはピカソの住んでいたアパート「洗濯船」に転がり込んだり、という仲でした。パリでの滞在は短期間でしたが、ピカソをはじめ、キュビスム、ダダ、シュルレアリスムなどの前衛的な芸術運動を担っていくことになる若きアーティストたちと知り合って大きな刺激を受けます。なかでも、見せかけの遠近感や立体的な奥行きのある空間を徹底的に見直して、平面性や構成的な組み立てを志向するキュビスムに強く影響されました。しかし同時にガルガーリョは、あくまでも手応えのある物体・塊を作ろうとする彫刻家の性とも対峙します。
 そして、新しい道を求めて模索するガルガーリョは、やがて二つの道を同時に歩みはじめました。一つは伝統をふまえて空間の中に堅牢で確かなヴォリュームを持つ彫刻。もう一つは、金属板の打ち出しと切断、溶接によって内部に空洞や間隙を抱え込む形態をとる彫刻です。そして後者の傾向の作品は、20世紀の金属彫刻の先駆けとなりました。
 平滑で凹凸のない金属板で作られた〈キキ・ド・モンパルナスのマスク〉は、頭の形や髪型も含めた顔の特徴が単純化され、抽象的で無機的な印象も与えます。それは手応えのある存在感や空間性にも乏しいように思えます。しかし、その金属板は内部の空洞の「空間」を包み込みながら頭部の形態を形作っていて、さらに、その内部は、全てが包み込まれて閉じているのではなく、外部にも開かれています。その結果、頭部の外部と内部の空間は、互いに行き交いながら、実際に手に触れることはできないけれどもある種のリアリティを伝えてきます。いわば中身のないヴォリュームとも言える逆説的な存在感が「空間」の中に新たに誕生しています。
 この作品のモデルはキキ・ド・モンパルナス(モンパルナスのキキ)。本名はアリス・ブラン。私生児。短髪、白い肌、切れ長のひとみ、ハート型の唇、そして柔らかそうな体。小悪魔のように無邪気でコケティッシュな魅力を持つ彼女を、キスリング、スーチン、藤田嗣治らエコール・ド・パリの画家たちは競ってモデルにします。またマン・レイとは深い恋人の仲でした。
 一世を風靡した伝説のモデル・キキの表情は、口角が上がり、栄光に光り輝いて微笑むようにも見えます。しかしマスク(仮面)と化したその表情からは、生々しい感情を窺うことはできません。もしマスクというものが、一通りでは言い当てられない不安や悲しみや、様々な感情を隠しながら、それらの気持ちの間を行き来させてくれる装置なのだとしたら。虚ろな空洞を抱え込んでいるキキの微笑み、それは何を覆い隠すマスクなのでしょうか。
徳島県立近代美術館ニュース No.82 July.2012 所蔵作品紹介
2012年6月29日
徳島県立近代美術館 友井伸一