徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
ブルー・ヴィーナス
不詳
顔料、樹脂、石膏
h.70.0
不詳
顔料、樹脂、石膏
h.70.0
イヴ・クライン (1928-62)
生地:フランス
生地:フランス
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クラインブルー・ヴィーナス
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この執筆者の文章
イヴ・クライン 「ブルー・ヴィーナス」
友井伸一
フランス人のイヴ・クラインが活躍したのは今から40年ほど前のことです。第二次世界大戦後は、美術の中心がヨーロッパからアメリカに移ったと言われました。が、クラインはそんなヨーロッパで、最も前衛的で影響力のある芸術家の一人でした。心臓発作のために、わずか34歳で死去した彼は、その短い活動期間にもかかわらず、たった1色しか塗られていない絵画や彫刻、屋根から飛ぴ降りるパフォーマンス、人体を用いた拓本のような絵画などで、世界中に強い衝撃を与えたのです。この作品は、愛と豊じょうの女神として古来よりさまざまに造形化されてきているヴィーナスの像です。ヴィーナスは、古代ギリシャの哲学者プラトンが言うように、永遠で神聖で理想的な存在としての「天上のヴィーナス」と、生殖の象徴であり、人間に近い存在としての「地上のヴィーナス」という二重の意味を持っています。
クラインのヴィーナスはちょっと変わっています。と言うのも、ここで用いられているのは実はだれでも購入できる、既製品の石膏像なのです。機械的にコピーされて生産されたこの石膏像を用いることにより、作り手の作為は取り除かれ、従来からヴィーナスに授けられていた意味は、型にはめられたのです。
一方で、その着色に使われている青色は、実はクラインが独自に調合し開発した絵の具であり、特許まで取ったものです。
ということは、この青いヴィーナスは、没個性的な既製品と個性的な青色との結合や対立がテーマなのでしょうか。そう決めつけるのは早すきます。
既製品のヴィーナスは、意味を確定されることによって魅力を失ったかもしれませんが、むしろ、本質がはっきりしてきたと言えます。
他方で、独創的な青色は、クラインの個性を生々しく伝えてくるというよりも、特許という事務的な手続きを経た、妙に無機的で冷たい感じを与えるようにも思えます。没個性と個性の関係というような単純な話ではないのです。
鮮やかな青色は、ヴィーナスの本質である理想の愛も、ちょっとエッチな魅力も、あるいは既製品が持つ味気なささえも純粋にするような透明感を持っています。それがもたらすのは、ぼっかりとした空虚かもしれませんが、張りつめた静かな孤独感の中に、クラインは物事の本質を感じとっていたのかもしれません。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈23〉
1994年1月15日
徳島県立近代美術館 友井伸一
1994年1月15日
徳島県立近代美術館 友井伸一