徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
テーブル・ピース Y-90 “チェアパーソン”
1986-87年
錆びた鋼、彩色、ワックス
104.0×71.0×63.5
1986-87年
錆びた鋼、彩色、ワックス
104.0×71.0×63.5
アンソニー・カロ (1924-2013)
生地:イギリス、サリー州ニューマルデン
生地:イギリス、サリー州ニューマルデン
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アンソニー・カロテーブル・ピース Y-90 “チェアパーソン”
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この執筆者の文章
アンソニー・カロ 「テーブル・ピース Y-90 “チェアパーソン”」
吉原美惠子
「20世紀以降の人間表現」という作品収集の大きなテーマを掲げる当館のロビーには、ヘンリー・ムーアの堂々としたブロンズ作品が開館以来、常設されていますし、リン・チャドウィックの良質なブロンズ作品も屋外展示場の気持ちよい空間で来館される人を待っています。立体作品を保管している収蔵庫には、ムーアと同世代のバーバラ・ヘップワースやケネス・アーミテジ、ジョン・デイヴィーズ、1996年に国内を巡回した個展を通してその実力を日本に知らしめたアントニー・ゴームリーなどの英国出身の彫刻家の粒ぞろいの作品を収め、所蔵作品展で順次ご紹介しながら、英国彫刻界の作家たちの層の厚さを示してきました。その大きな流れの中で、作品を入手できていない重要な作家がいました。アンソニー・カロでした。その抽象的な形態は美しく、世界を魅了していました。2001年のこと。この想いが遠くロンドンにまで届いたのか、カロのスタジオに「人間」を表現した作品があるという情報が得られました。台に据える小ぶりなサイズである「テーブル・ピース」だということも収集の可能性を広げました。作品は木箱に詰め込まれてロンドンから徳島にやってきました。
シェイクスピアを生んだお国柄か、英国の作家たちの付ける作品タイトルは、気が利いて、ユーモアのセンスに富んでいたり、幾重もの意味を持っていたりするのですが、カロの作品にもそんな英国人気質が溢れていました。タイトルにある「チェアパーソン」は「椅子人間」とも読み取れますが、「議長」という意味も持っています。
「椅子人間」と聞くと、椅子に同化してしまったかのように座りっぱなしの人を想像します。例えば、デスクワークが主である職業人などです。長い時間座って、忙しそうに執務をしている人の姿に見えてきませんか。電話を受けたり、書類を読んだり、書きものをしたり、同僚を呼び止めたり・・・。
「議長」の仕事も、会議に提出された議案を協議しながらとりまとめ、議事を進行してゆかなくてはならないデスクワークでしょう。そうなると、あちらからもこちらからも、たくさんの意見が寄せられて、それらを両の腕一杯に抱えている人の姿にも見えてきます。
いずれも忙しく、同時代を生きる、身近な人の姿と重なります。作品の中心には、カロのアトリエで実際に使われていたという椅子が据えられており、人の使い込んだ手跡がリアリティを感じさせます。そして、作家の頭の中ではじっくりと練られていたフォルムですが、スタジオで即興曲を創り上げるかのような速度で多くのパーツを溶接し、勢いや気持ちの高まりを感じさせる作品となっています。
徳島への収蔵が決まったとき、カロは「人間を主題にコレクションをつくっている美術館に私の作品が収集されることは光栄だ」と言ったそうです。
1924年、英国に生まれたカロは、ケンブリッジのクライスツ・カレッジを経て、彫刻の道に進むことを決意し、ロンドンのロイヤル・アカデミー・スクールズで学びました。自由で大らかな考えの下、素材である鉄の持つ表現の可能性を信じ、立体造形の世界を大きく拡げた功績は偉大で、ムーアの次世代の英国彫刻界の重鎮と考えられました。英国女王から「Sir(卿)」の称号を与えられ、芸術の社会的な地位を高めるのに貢献した彫刻家でもあり、世界中に多くのファンを持っていました。
亡くなった2013年10月23日は、ベネツィア・ビエンナーレ開催中で、サン・マルコ広場に面したコッレール美術館では、折しもカロの近作を含めた個展が華やかに開催されていました。最期の刻まで、失速することなく現役を貫いた見事な彫刻家人生でした。
徳島県立近代美術館ニュース No.98 July.2016 所蔵作品紹介
2016年7月
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
2016年7月
徳島県立近代美術館 吉原美惠子