徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
ベンチ
1992-2004年
ミクストメディア
116.0×151.0×45.0
1992-2004年
ミクストメディア
116.0×151.0×45.0
ユン・ソクナム(尹錫男) (1939-)
生地:
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ソクナムベンチ
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この執筆者の文章
ユン・ソクナム(尹錫男) 「ベンチ」
吉原美惠子
ベンチは人が座るための場所です。公園や駅、停留所の待合いに置かれていることが多く、そこに腰を下ろす人が、どんな目的を持ち、何をしようとするかに関わらず、ベンチの座面はいつも誰かのために用意されており、人はそこに疲れた足を休めるために腰を下ろしたり、乗り物や来る人を待っていたり、移ろう景色を見つめながら話し込んだり、時には昼寝をして寛いだりすることができます。さて、ここで私たちの目の前のベンチに座っているのは、韓服を身につけた3人の老女です。私たちの身のまわりでも日常的に和服を着る人が減ってきているように、韓国でも、民族服であるチマ(裳)やチョゴリ(短い上衣)を普段、身につける女性は減ってきています。そして、伝統的衣服を身につけるのは、老人世代が多いといいます。昔ながらの生活スタイルが心地よく感じられるのでしょう。老女たちは、それぞれにやや浮かぬ表情を見せながらも、身を寄せるようにベンチの上に集まって、なにやら親しげな空気を醸し出しています。そして、同じベンチの上にはピンクの布にくるまれた包みが一つ、老女たちを繋いでいるかのように置かれています。
ここは、ソウル市街のとあるベンチ。近隣では、再開発された高層のビルやマンションが建ち並び、アジアの主要都市としての顔を持ち始めたソウルの経済成長ぶりが目の前に拡がっています。おそらく老女たちも、子どもたちの所帯と共に、高層のマンションに移り住んだにちがいありません。老人は敬われるべきであるという古くからの教えにより、彼女たちには新しい住まいに隠居部屋が用意されているのかもしれません。
でも、それが居心地が良いものであるかどうかはわかりません。老女たちには、もはや日常的に気軽に集い、四方山話をするための井戸端もなくなって、それぞれの日々の話題を提供し合う場がなくなったのだと作家は言います。そして、そのために老女たちは、都会の真ん中にぽつんと置かれたベンチに集い、昔ながらのほっこりとした時を過ごすようになったのだとも言います。
当初、このベンチには三人の老女が集うさまだけが表されていましたが、作品を発表した後に、作家は老女たちのお弁当箱を制作することにしました。それは、時間をもてあましている老女たちの、ベンチに集う時間があまりに長くなった上に、気軽に昼食に誘いあえる住環境でもなくなったため、朝から弁当を持参して、おしゃべりに興じるようになったからだと作家は話していました。ピンクの風呂敷包みが私たちに教えてくれるのは、時代とともに移ろう人の暮らしと、その中で見出されるささやかな日々の喜びであり、幸せを掴むための小さな工夫でもあるでしょう。せわしなく行き交う勤め人や車両の数が膨れあがったのと同様に、老女たちが、家族にかまわれることのない気ままな時間も増大したかもしれません。
ユン・ソクナムは、1939年満州に生まれました。1959-60年にソウルの成均館大學校にて英文学を学んだ後、1983-84年、ニューヨークのグラフィック・センターとアート・スチューデンツ・リーグにて美術を学んでいます。ソウルに戻っての活動の最初期から、韓国女性を主題に制作を続けていますが、この作品は、母親や祖母たちの世代の女性を主題に制作していた時期のものです。ユンは現在、ソウルを拠点に旺盛に活動を続けています。(専門学芸員 吉原美惠子)
徳島県立近代美術館ニュース No.76 Junuary.2011 所蔵作品紹介
2011年1月1日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
2011年1月1日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子