徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
版画集〈11人のポップ・アーチストII〉4. 夢想
1965年
シルクスクリーン 紙
68.7×58.4
1965年
シルクスクリーン 紙
68.7×58.4
ロイ・リクテンスタイン (1923-97)
生地:アメリカ
生地:アメリカ
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リクテンスタイン版画集〈11人のポップ・アーチストII〉4. 夢想
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この執筆者の文章
ロイ・リクテンスタイン 「版画集〈11人のポップ・アーチストII〉4. 夢想」
吉原美惠子
雑誌などで何となく見た覚えがある、目になじんだ漫画の一コマです。1960年代のアメリカのグラフィックによく見られます。ここでは、若い女性がマイクを手に、何やらせつなげに歌っています。「そのメロディーが私の頭から離れないの…」どんな場面でこの女性は歌っているのでしょうか。例えば彼女はプロの歌手で、恋に破れ、悲しみにくれる女性の様子を歌っているのかもしれません。そしてこの絵の前で私たちは、劇中劇を見るように、彼女が歌を通して描く女性の姿を想像するかもしれません。思い出にまつわるメロディーとともに、あまやかな過去の恋の日々を今なおさまようように生きている、一人の女性の姿を思い描いてよいのです。あるいは、それは薄っぺらな暮らしのもう一つの側にある歌い手自身の姿であるかもしれません。それにしても、かつて美術の世界において、これほど平板な劇面調の画面が供されたことはありませんでした。実際この画面は、漫画の一場面を拡大して刷ったもので、印刷のアミ点が律義に再現されています。奥行きも色の深みももはや必要とされない画面を、作家は何を思って塗り込めていったのでしょう。
60年代はアメリカの大衆の時代でした。その土壌は、大量で複雑な情報流通を可能にしたマス・メディアの発達と、やはり大量の消費を促した社会機構によって準備されました。大衆のための文化は新しい媒体を得て、日常の事物を主題にいくつもの新しい局面を開きました。そして映画やテレビ、雑誌、広告などが提供する映像は身辺にはんらんし、繰り返し人々の目に触れ、うんざりするようなその空虚さは人々の感覚を変えてしまったかのようでした。「ポップ・アート」という呼称は今では一般に呼びならわされていて、少しばかり古くさい印象を受ける言葉になりつつあります。大衆社会に花開いた芸術は、日常のありふれた事物やイメージを取り込み、何らかの衝撃的な方法をもって提示することで、新しい芸術の動向を認めさせたのです。リクテンスタインもポップ・アートの旗手の一人として60年代のアメリカの美術の舞台に現れました。彼は大衆向けの安っぽい劇画の1コマをせりふとともに慎重に選び出し、それを拡大し、単純に描くことによって、芸術の世界を拡大するのに貢献したといえるでしょう。この作品は21日まで開いている「所蔵作品展93-III」で展覧しています。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈16〉
1993年11月3日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
1993年11月3日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子