徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
版画集〈リルケ『マルテの手記』より:一行の詩のためには…〉13. 静かなしんとした部屋で
1968年
リトグラフ 紙
57.3×45.3
ベン・シャーン (1898-1969)
生地:ロシア領リトアニアコフノ(現ソビエト連邦)
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シャーン版画集〈リルケ『マルテの手記』より:一行の詩のためには…〉13. 静かなしんとした部屋で
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ベン・シャーン 「版画集〈リルケ『マルテの手記』より:一行の詩のためには…〉13. 静かなしんとした部屋で」

友井伸一

 1906年、8才の時に家族と共にアメリカ、ニューヨークに移民として渡る。14才で初等教育を終えると、翌1913年から17年までマンハッタンのヘッセンバーグ・リトグラフィ・ショップで徒弟として働きながら夜間高校へ通った。その後1919年からニューヨーク大学、ニューヨーク市立大学に学び、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインやアート・スチューデンツ・リーグにも通う。
 1920年にマサチューセッツ州でおこった強盗事件の容疑者として逮捕、死刑にされた無政府主義者サッコとヴァンセッティの事件や、1916年の労働運動かムーニーの投獄などに抗議する連作を、1930年代はじめに発表し、社会主義リアリストと見なされるようになる。1930年代は、アメリカの芸術家救済計画の一貫で壁画制作に従事し、第二次世界大戦中はそのグラフィックに長けた才能を買われ、戦時情報局でポスターを制作する。戦後もポスター、写真、壁画、挿し絵などの分野で活躍し、また社会的な事件への関心も持ち続けて、1954年のビキニ環礁での水爆実験で被爆した静岡のマグロ漁船第五福竜丸事件などをテーマとする連作などを発表した。
 〈リルケ『マルテの日記』より:一行の詩のためには…〉は、ドイツの詩人リルケ(1875-1926年)の自伝的小説に寄せた24点組の作品集であり、1968年に刊行された。シャーンは伝統的な様式から個性的な表現への道を模索中の1926年にこの小説を読み、リルケの人生への悩みや孤独、愛などのテーマに共感していた。それを死の前年の1968年に作品化した人生の総決算ともいえる作品集である。〈静かなしんとした部屋で〉は扉絵から数えて第15図。孤独のなかで思考にふける若者を、青い色面の中に線描で描き出している。シャーンは、手彩色の色面の上に、シルクのシートに直接描画した版をもちいてシルクスクリーンで線を刷り重ねる方法をよく用いていたが、ここにもその表現効果の応用が見られるといえるだろう。
 リトグラフ職人としての経歴のあるシャーンだが、ポスターの制作を通じてシルクスクリーンを多用していた。しかし、この作品集は、ニューヨークにも進出していたムルロ工房で亜鉛版を用いてリトグラフで刷られた。シャーンの素描力が直接生かされ、リトグラフの特性がよく表れた作品集である。
特別展「コレクションでみる 20世紀の版画」図録 第2部 技法 3. 平版
1997年4月12日
徳島県立近代美術館 友井伸一