徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
動物伝説
1912年
木版、インク 和紙
19.9×24.0
フランツ・マルク (1880-1916)
生地:
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マルク動物伝説
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フランツ・マルク 「動物伝説」

友井伸一

ここは、草原の草むらでしょうか。左上には長い角を持つ牛か山羊のような動物がいます。また中央には小動物のような姿も見られます。
 この作品は20世紀の初めのドイツで活躍したフランツ・マルク(1880-1916年)の木版画です。マルクは、1911年にカンディンスキーと共にグループ「青騎士」を結成して、当時の美術の最先端であるドイツ表現主義をリードしました。しかし、1914年、第一次世界大戦勃発とともに志願し、16年に戦死(36歳)します。そのため活動期間は10年ほどでしたが、たとえば1930年代にナチスが行ったモダンアート弾圧の対象作家とみなされるなど、亡くなった後も影響力を保ち、現在も高く評価されています。
 この作品は、ドイツ表現主義の発信源であった雑誌「デア・シュトゥルム」誌(1912年9月、3巻127/128号)のために制作されたものです。版画なので同じ作品が複数存在しますが、本館の収蔵作品は、雑誌が印刷される前に、マルク自身が少部数刷ったうちの1点です。油性インクを使用しているため、くっきりとした発色で、左側の白い点々も油性ならではの表現と言えるでしょう。
 様々なモチーフは、写実的ではなく簡潔な表現でとらえられており、それらがひとつのかたまりを形成しているようです。造形的に見れば、形態の単純化と再構成が見られる点にキュビスムや抽象の影響が見られます。
しかし、マルクにおいて最も重要なのは、そのような造形面ではなく、動物をモチーフにしている点です。この作品以外にも、マルクは動物を描いた多くの作品を残しており、動物の画家と呼んでも過言ではないほどです。マルクは近代社会が物質主義に傾いて、精神的な部分が置き去りにされてしまうことに危機感を感じていました。そこで、野生や原始的な力を宿す動物を通して、純粋な精神性を象徴的に描こうとしたのです。
 そして、この傾向はマルク一人に限ったことではありませんでした。ドイツ表現主義の特徴として、たとえば力強く荒々しい表現がよく挙げられますが、これは眼には見えない原始的な力へのあこがれから生まれたものです。ドイツ表現主義にとって、造形的な表現以上に重要なもの、それは内面性や精神性、象徴性の表現です。それは、見えないものの表現と言い換えてもよいでしょう。マルクは『青騎士年鑑』(1912年)のなかで、真実性を保証するのは内的な生命であって、芸術においては作品の外面を考慮する必要はない、と述べています*。
さて、改めてこの作品を眺めてみると、明確ではありませんが、様々な生き物の体の一部分のように見えるところもあります。ここには、まだまだたくさんの動物が潜んでいるようです。私たちが心の眼、そして動物の眼で見ることができたなら、眼には見えない生き物の気配も感じ取ることができるかも知れません。
*カンディンスキー、フランツ・マルク著 岡田素之、相澤正己訳 『青騎士』 白水社2007年 p.27

徳島県立近代美術館ニュース No.117 April.2021 所蔵作品紹介
2021年4月
徳島県立近代美術館 友井伸一