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海景−「聖クレア」シリーズより



回顧作品その2−ピンポン・ルーム, 1960−



海藻



階段をおりる裸体 No.2



甲斐庄楠音



海浜遠望



海浜風物図



解剖学



買物帰りの女[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



海陸戦斗図



帰り来る舟



花下躍鯉図







かがみ込んだ裸婦



鏡の前の装い



輝く光の中 No.4



かきつばたと蛙『エスタンプ・オリジナル』誌第8号より



書きものをする娘



郭子儀



角ばった肩の生きもの


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子供と伯母

作家名:パウル・クレー
制作年:1937年
技 法:油彩 石膏、ジュート
パウル・クレー 「子供と伯母」

 もし、この絵に題名がなかったら、あなたならどんな情景を思い浮かべたでしょう。いま一度、先入観のない感想をたぐってみて下さい。クレーの線と色を、ひとつひとつ自分の目と手で確かめてみる体験を、この鑑賞シートは核にすえます。それは子ども向けにあつらえた絵の見方などでは決してなく、大人の私たちにこそ必要な鑑賞のスキルだと信じます。
 
 クレー晩年に描かれたこの大作は、優しい色あいが醸し出す柔らかな印象とともに、途切れがちに踊る線の刹那さ、うつむき加減の子どもが伝える寂しげなムード、そうした含みのある情感に満ちた作品です。
 背の高い着飾った風の婦人は、穏やかな表情です。視線をそらし気味の小さな子は、マントをはおっているのでしょうか、帽子を被っているようにも見えます。簡潔な線と形に、なんとなく登場人物の様子をイメージできるのではないでしょうか。けれども、説明のつきにくいところもあります。上の方に描かれたPのような形、渦巻き、ところどころ二人を横切る水平線、それによく見ると二人の顔や頭は輪郭が頼りなく開いて、空中に霧散していくかのようです。かと思えば、右上の方にはボツボツ穴のあいた、建物か、それとも壁。これが街の場面だと思った人もいるでしょうし、木々に囲まれた公園の散歩を思い浮かべる人もいるでしょう。
 抽象的に見えて、様々なイメージを喚起してやまない線の魅力は、クレーの生涯を通じたテーマといってよいものです。自然の描写に試行錯誤を重ね、人間の業をあぶり出すような人物素描を探求した後、クレーは色彩と抽象化の世界へと進みます。カンディンスキーマルクらが推し進めた表現主義から抽象絵画 * に至る動向に共感し、また一方では、あくまで現実の再構成を眼目としたキュビスムの絵画空間から重要なヒントを受け取りながら *、クレーは自己の芸術を慎重に確かめていきます。
 「芸術は見えるものを再現するのではなく」という有名なフレーズがあります。もはや写実的に描くことが全てではなくなった20世紀初頭の美術思潮を呼吸しつつ、しかしクレーはむしろ線と線から、森羅万象の詩をうたう道を選びました。「見えるようにする」と彼は続けます。児童画や古代美術に、簡潔さを手に入れるためのエッセンスを見出し、また古典音楽の技法になぞらえて色と形の構成を楽しみ、あくことなき素材への探求心は1点1点の物語にふさわしい技法を生み出していきました。
 彼の作品はどれも詩的なタイトルがつけられていて、またどの絵柄も、ことばとゆっくり響き合うような不思議な余韻を保っています。そのためでしょうか、多くの人がクレーの絵を、クレーの存在を詩にしています。谷川俊太郎の『クレーの絵本』や、さまざまな人の言葉を集めた『クレーの贈りもの』など、素敵な本が手に入ります。
 さて、クレーの絵画の探求は最晩年にいたって、象形文字を思わせるような、いっそう簡潔な線の表現へと向かいます。完熟期を迎えた50代のクレーを待っていたのは、独裁者による作品の没収、亡命、そして不治の病による制作の中断といった辛い運命でした。しかし最後のこの時期、クレーはおびただしい集中的な創作へと自らを鼓舞します。「子供と伯母」は、そのような激動の晩年にふと思い描かれた安らかな平穏の世界であり、またそこに、どことなく寂しげな影が感じられたとしても、ゆえのないこととは言えません。
 線と色が飛びかう様子に、木々のざわめきや楽器の練習を連想した子がいます。どこまでも高く積み木を積み上げよう、と物語を書いた子もいます。絶妙な線の引力によって垂直の空間を構成する、クレーの造形に寄りそった素晴らしい感想だと思います。子どもたちと一緒に、絵から生まれることばや情景に耳を傾けてみましょう。絵が動き出すような感覚を覚えるかも知れません。もし、あなたが抽象画は分からないと感じているなら、きっと素適な出会いがこの絵の中に待っていると思います。
 
註*
 
「子供と伯母」の題名
 原題は”kind und tante”。当館では「伯母」と訳しましたが、ドイツ語のtanteは日本語の「おばさん」同様、子どもが女性を親しんで呼ぶ言葉。
 
表現主義から抽象絵画へ
 印象派が科学的・客観的に光と色をとらえたのに対して、20世紀初頭のドイツ表現主義は感情や精神性を表すものとして色を対象から独立させます。自然の再現から絵画を解放したこの革命の後、完全な非対象絵画(=抽象画)の誕生まではほんの一歩でした。カンディンスキーはその歩みを自ら体現したといえます。
 
キュビスム
 遠近法の伝統をくつがえし、対象を多面的に分解、統合するキュビスムは、形態と構成の絵画革命といえます。ここでもまた、絵画にとっての再現性はあいまいなものとなり、自律した形と構成による表現へ道を開くことで、抽象画の発生にも豊かなヒントを与えます。キュビスムから出発しながら、色彩と音楽的なリズムを重視したドローネはフランスにおける抽象画の先駆者となります。クレーが共感したキュビスムとは、ドローネのそれでした。
 
参考
谷川俊太郎 『クレーの絵本』 講談社、1995年
クレーの贈りもの』 平凡社、2001年
『造形思考』 ユルグ・シュピラー編、土方定一ほか訳、新潮社、1973年、p.122


鑑賞シートno.4 - 世界の美術・クレーの線と色 「指導の手引き」より
2005年11月
徳島県立近代美術館 竹内利夫


カテゴリー:作品
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パウル・クレーとは?【 作家名 】

1879年スイスに生まれる。1940年没する。ドイツ、ミュンヘンの美術アカデミーに学び、当時の前衛的なグループ「青騎士」に参加、カンディンスキー等と交流する。初期は神経質でありながらダイナミックな線描で知られ、後に豊かな色彩を用いた作風へと変遷した。キュビスムやシュルレアリスム抽象などの様々な要素を消化し、線と色彩の効果が十分に発揮された高い精神性を持つ独自の画風を確立。ドイツの近代デザインの学校であるバウハウスで教鞭を執り、理論家として多くの作家に影響を与えるなど、今世紀の巨匠の一人に数えられる。スイスベルンクレー財団が設立されている。

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