特別展 「美術の国徳島U   谷口董美、山下菊二兄弟 故郷のイメージを描く」
 の開催について

趣旨
 谷口董美(1909-64 たにぐち くんび 旧姓は山下)は、木偶人形や阿波踊りを題材に、徳島県池田町(現、三好市)で木版画の制作を続けました。戦後まもない時期の徳島の美術界を支えた一人です。山下菊二(1919-86 やました きくじ)は谷口の実弟。若くして東京に出て、作品を通じて、戦争や差別など社会問題の告発を続けました。戦後日本美術を代表する作家と目されています。
 作品も生き方もあまりに対照的な二人ですが、二人はお互いに画家として尊敬し、お互いの存在を制作の刺激としていました。兄弟の人生が織りなした様々なドラマをご紹介します。今年は谷口の生誕100年、山下の生誕90年の節目の年にあたります。

1展覧会名  美術の国徳島U   谷口董美、山下菊二兄弟 故郷のイメージを描く

2 会期    平成21年9月5日[土]−10月12日[月・祝]

3 会場    徳島県立近代美術館展示室3(2階)
         (徳島市八万町向寺山 https://art.bunmori.tokushima.jp/)

4 観覧時間  午前9時30分−午後5時
  休館日    月曜日、9月24日[木]
          (9月21日[月・祝]、22日[火・休]、10月12日[月・祝] は開館します。)

5 主催     徳島県立近代美術館/徳島新聞社/四国放送
  後援      NHK徳島放送局/エフエム徳島/徳島県文化振興財団

6 観覧料   一般600[480]円/高・大生450[360]円/小・中生300[240]円
          [ ]内は前売りおよび20名以上の団体料金。小・中・高生は土・日・祝日・秋休みは無料
          です。高齢者(65歳以上)、障害者割引(半額)は、受付でお申し出下さい。

          ●前売り券販売所: 文化の森ミュージアムショップ/徳島新聞社/徳島県職員生活協同組合/
          小山助学館 本店/紀伊國屋書店 徳島店
          ローソン(20店):名西石井町店、徳島国府町井戸店、阿波病院前店、吉野川牛島店、東みよし町
          昼間店、徳島不動店、鳴門市役所前店、徳島大学病院店、徳島万代町三丁目店、徳島上八万町店、
          徳島しらさぎ台店、徳島八万町下福万店、徳島沖浜二丁目店、羽ノ浦中庄店、徳島城南町二丁目
          店、徳島中吉野町店、徳島津田本町店、徳島安宅三丁目店、牟岐町中村店、阿南新野店
          ※開催日の約二週間前から取り扱っています。
          ※ローソンは一般券のみの取り扱いです。

7 関連事業

         ▼展覧会オープン記念「三番叟まわし」「箱廻し」
           9月6日[日] 午後2時開演
           阿波木偶箱廻しを復活する会
           展示室3(観覧券をお求めください)

         ▼学芸員による展示解説
           9月13日[日]、20日[日]、23日[水・祝]、10月4日[日]  午後2時−3時
           展示室3(観覧券をお求めください)

         ▼こども鑑賞クラブ
           9月26日[土] 午後2時−2時45分
           展示室3/小学生対象(保護者同伴可・子どもは無料)

8 主な出品作品

          谷口董美 〈首人形と手箱〉 1942年 木版 紙
          谷口董美 〈蔓橋〉 1943年 木版 紙
          谷口董美 〈安宅・阿波木偶〉 1950年 木版 紙
          谷口董美 〈筑豊炭田地帯〉 1960年 油彩 キャンバス
          山下菊二 〈死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)〉
          1966年 油彩 合板
          山下菊二 〈戦争と人間 No.12〉 1982年 コラージュ
          谷口董美、山下菊二[合作] 〈取りに来られなかった肖像画C〉 1969年
          コンテ、ガッシュ、コラージュ
          など、谷口作品など153点、山下作品など170点、合作3点、計326点を展示。
          3つのコーナーを設けて紹介します。

         (出品内訳)
          谷口董美
            木版画92点 素描等36点 資料25点(参考出品・木偶人形6件含む)
          山下菊二
            油彩画23点 水彩、素描等84点 版画12点 コラージュ13点 資料38点
          合作(谷口の素描を材料に山下がコラージュを作成) 3点

          ※別紙 「展示構成」もご覧ください。


〈展示構成〉
3つのコーナーを設けて展示します。概略と主な出品作品は次のとおりです。

1 谷口董美
 三好郡井川町で小学校教師をしていた谷口は、1930年代の美術界で一つのブームとなっていた、創作版画の同人誌に木版画を投稿します。そこに図版が掲載されたことをきっかけに木版画の世界に目覚めます。東京の「新版画集団」に名を連ねる一方、池田町に「野人社」を結成するなど、次第に美術の世界に没頭していきます。1939年30歳の時に上京。創作版画の重鎮恩地孝四郎や平塚運一に指導を受け、日本版画協会展、「一木集」に出品、会友となりましたが、召集を受け1945年帰郷します。戦後は第1回徳島県美術展で特選を受賞したのを皮切りに、様々な展覧会への出品や四国中央美術協会(池田町)の結成などを通して、戦後徳島の美術復興に存在感を示しました。阿波木偶を終生のテーマとし、次第に前時代のものとなりつつあった郷土の文化を現代風に描くことに努めました。第一部は、「1.版画誌の時代」 「2.徳島にて」 「3.東京へ」 「4.故郷に帰って」の4章で構成します。谷口が参加した版画誌や同人展などの版木、徳島県立博物館所蔵の木偶人形などをまじえ展観します。

谷口董美
首人形と手箱
1942年 木版 紙
徳島県立近代美術館蔵

谷口董美
安宅・阿波木偶
1950年 木版
徳島県立近代美術館蔵


2 山下菊二
 山下は、谷口の10歳年下の弟です。香川県立工芸学校金属工芸科を経て、1938年9月には上京して福沢一郎絵画研究所に学びました。進学や上京など、山下の人生の節目、節目で谷口の助言や配慮があったといいます。1939年から3年間は、台湾、中国で兵役に服しました。中国南部の戦線では、筆舌に尽くしがたい残虐行為を目撃し、自らも荷担することを強いられたといいます。戦後はこの体験を問いつめ、やがて戦争の問題だけでなく、1963年に発生した狭山事件における石川被告の問題や、1971年に起こった韓国軍事政権による徐兄弟の逮捕投獄事件など、人権にかかわるさまざまな社会的、政治的問題を訴える作品を制作しました。戦後日本の前衛美術を代表する作家と目され、同時に作品は日本の戦後史の貴重な証言と評されています。第二部は、「1.上京まで」 「2.シュールレアリスムとの出会い」 「3.従軍体験」 「4.戦後日本風景」 「5.現代社会に立ち向かう視線」 「6.心の奥底に広がる原風景」 「7.本の仕事」の7章で構成します。新出の戦場でのスケッチや若い頃に制作したサルバドール・ダリの模写なども展観します。

山下菊二
父はは
1972年 油彩 キャンバス
徳島県立近代美術館蔵

山下菊二
戦争と人間 No.12
1982年 コラージュ
徳島県立近代美術館蔵


3 弔い展
 1969(昭和44)年11月、山下は東京の日本画廊で、5年前に亡くなった谷口の遺作と、自作を並べた二人展「弔い展」を開きました。病床を見舞った山下に、谷口は山下と東京で展覧会を開きたかったと語ったといいます。気にかかっていたこの言葉を実現したのが、この展覧会でした。  会場には二人の作品だけでなく、谷口の素描を使って山下が作ったコラージュ<取りに来られなかった肖像画>の連作も並べられました。戦争中、谷口は近隣の人の依頼を受けて、戦没兵士や亡くなった老人の肖像画を描きましたが、依頼主も空襲で亡くなり、何枚かは引き取り手のないまま谷口の手元に残ってしまいました。タイトルの「取りに来られなかった」とはそういう意味です。息子を戦地で失い、残された家族も空襲で亡くなった、二重三重に庶民の生活に襲いかかった戦争の惨劇を訴える作品です。
  「弔い展」とは亡くなった兄を弔い、戦争で亡くなった人々を弔い、さらには戦争そのものをこの世から弔いたいという思いを込めた展覧会でした。

谷口董美
自画像
1936年頃 木炭 紙
徳島県立近代美術館蔵

谷口董美・山下菊二(合作)
取りに来られなかった肖像画C
1969年 コンテ、ガッシュ、コラージュ
徳島県立近代美術館蔵

 

 

資料提供
月日 担当館名 電話 担当者
8月26日 県立近代美術館 tel 088-668-1088
fax 088-668-7198
江川
竹内