「第2部 5.美術家との交友」の詳細情報 | |
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テーマ名称 | 第2部 5.美術家との交友 |
展覧会名称 |
薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち |
説明 | 薩摩は1920年代から30年代にかけてパリに滞在した多くの日本人美術家たちと交際し、援助の手を差しのべた。特に親密にしていた美術家の多くは、第1部の出品作家と重なるが、それ以外にも興味深いかかわりを持った美術家がいる。 海老原喜之助と板東敏雄の二人は、藤田嗣治の周辺にいた作家である。藤田を通じて、薩摩と親しくなった。海老原は1925(大正14)年の二科展への出品を、一時帰国していた薩摩に託している。板東は戦後も薩摩と交際を続け、戦後薩摩が再びパリを訪れた時、病床にあった板東を見舞っている。 荻須高徳と長谷川潔が、薩摩とどの程度親密だったかは分からない。しかし薩摩は荻須の作品を収集していて、1935(昭和10)年には荻須の作品を当時のチェコスロヴァキア政府に寄贈している。長谷川は第二次大戦の直後、敵性外国人としてフランス政府に抑留されたが、薩摩が救出のために奔走している。 |