徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
桂ゆき さる・かに合戦
さる・かに合戦
1948年
油彩 キャンバス
90.0×115.0
桂ゆき (1913-91)
生地:東京都
データベースから
桂ゆきさる・かに合戦* ※作品画像あり
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桂ゆき 「さる・かに合戦」

三宅翔士

民話『猿蟹合戦』の終盤、子蟹や臼、栗、蜂が総出で猿を成敗する場面が描かれています。作中の擬人化された動物や器物はいずれもどこか滑稽に描かれており、軽やかな笑いを誘います。また、画面は放射状に分節され、光の明暗による対比が際立っており、暗がりの中で大きく口を開ける臼や、倒れ込むように伏せる猿の大仰な身ぶりが劇的な印象を醸し出しています。
作者の桂ゆきは、戦前より主にコラージュを駆使した前衛的な作品を発表した作家です。彼女は特定の流派や様式からは距離を置きつつ、自らの表現を柔軟に変化させ、更新していくことに重きを置いていました。
その本領は、細密描写やコラージュ、戯画表現を併置することで不気味さや笑い、緊張や分断といった様々な感覚を呼び覚まし、人間や社会の暗部を揶揄やゆしながら、美術という制度そのものに抵抗し続けたことにあります。一見ユーモラスで親しみやすい表現には、画家の確かな反骨精神が込められているのです。
改めて『猿蟹合戦』のあらすじに着目しましょう。猿にそそのかされ、握り飯と引き換えに柿の種を渡された蟹は、成長した柿の樹上に登った猿から次々に実を投げつけられ、深い傷を負います。これに憤った子蟹たちが報復する物語です。
桂はこの物語に、男性優位の社会の中で女性が自立するのが困難であった世相を重ね合わせていたのかもしれません。しかし、今まさに攻撃を受けている猿の表情さえもコミカルに描き出すこの作品において、桂はそのような鬱屈した思いを、持ち前のユーモアに転化させているのです。
彼女はまた、日本の昔話や風習など、民俗的な題材に強い関心を寄せました。晩年に至り、次のように語っています。 「私は寓話とか民話その他フォークロア的なモチーフの絵を描くことがある。私の胸のうちに常時巣くっている『いったい人間とは何か、私とは何か』という身の程知らずな思いの前で絶望的になるときに、昏迷こんめいの霧のあい間に、ときによってチラリと、それらのフォークロアが、鮮明な色を見せたりすることがある。私の絵ではとうてい霧は晴れないが、少しずつでも晴れ間の為に努力しようと絵を描くのである。」(「寓話」『一枚の繪』186号、1987年3月、49頁)
本作においても、鉢巻を締めた臼や、かすりのような着物を身にまとい、柄杓ひしゃくを手にする猿などが見えます。彼女にとってこうした民俗的なモチーフは、同時代の生活文化を身近に引き寄せ自身を内省しながら、絶えず創作へと駆り立てる源でもあったのでしょう。

徳島県立近代美術館ニュース No.131 October.2024 所蔵作品紹介
2024年9月20日
徳島県立近代美術館 三宅翔士