徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
戦争期
1958年
油彩 板
91.5×182.3
1958年
油彩 板
91.5×182.3
中村宏 (1932-)
生地:静岡県
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中村宏戦争期
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中村宏 「戦争期」
森芳功
本年度の所蔵作品展では、時代を追いながら、人間表現のさまざまな姿をごらんいただいています。今開催中の「20世紀の人間像-2 戦後の出発点」は、第二次世界大戦が終わってから1960年ころまでの作品に焦点をしぼりました。中村宏〈戦争期〉が制作されたのは、1958年。同じ時期の、さまざまな人間表現とともに見ていただきたいと思います。この作品は、10月17日まで展示しています。1950年代は、戦争で荒れた国土の復興がはかられた時代で、美術の分野でも活気がよみがえりつつありました。海外の美術動向の紹介が活発になって、日本の作家たちを大いに刺激します。また、時代の大きな転換点にさいして、人間の存在を見つめる表現や、社会に対する関心の強い作品が生まれたのも特徴的な表れでしょう。このころ中村は、社会的なテーマの表現に関心をもっていました。
〈戦争期〉の画面を見てください。手前には、機関銃や兵士の姿が描かれており、これが戦場の風景だということが分かります。しかし、よく見ると現実的な戦闘シーンとは異なっていることに気付きます。例えば、一つの機関銃の銃口が、暗い空にぽっかり浮かんだ月に向けられているのですが、その月の中心は黒くうがたれており、まるで標的のようです。
マックス・エルンストが描いた不思議な月をどこかで思わせるものがあります。それも理由のあることで、彼はシュールレアリスム(超現実主義)の表現方法をたくみに取り入れているのです。そのため、戦争という社会的なテーマが描かれているにもかかわらず、私たちの印象は、現実的なものから少しずつ離れていくのです。ここに、この作品の秘密が隠されていそうです。
1932年に生まれた中村宏は、戦争中は旧制中学の生徒として過ごし、これを描いた1950年代には20代の青年です。終戦による解放感とともに、ふたたび混とんとし疎外が語られてくる社会状況を、戦後の新しい世代として生きた作家です。1950年代前半には、より直接的に社会的なテーマに取り組んでいましたが、この作品の後、60年代には社会的なテーマから離れ、象徴的な表現に入っていきます。そこには、終戦直後の熱かった政治の季節がいったん終わる、当時の時代状況とのかかわりが指摘できるでしょう。この作品には、彼の個人的な画業の変化とともに、戦後の社会状況の一側面が刻印されているのです。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈8〉
1993年8月18日
徳島県立近代美術館 森芳功
1993年8月18日
徳島県立近代美術館 森芳功