徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
静流
1924年
絹本着色
85.3×112.8
1924年
絹本着色
85.3×112.8
日下八光 (1899-1996)
生地:徳島県那賀郡
生地:徳島県那賀郡
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日下八光静流
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この執筆者の文章
日下八光 「静流」
森芳功
近代の日本画たちが、日本絵画の伝統を受け継ぎながらも、西洋の絵画を学び、取り入れてきたことは前回述べたところです。では、日本画と西洋の絵画はどのような違いがあるのでしょうか。まず画材の違いを見ておきましょう。西洋絵画の代表格である油彩画は油絵の具を使って板やキャンバスに描きますが、日本画は、墨を使うほか岩絵の具や胡粉(ごふん)など粉末状の絵の具を膠(にかわ)で絹や紙に定着させて描きます。
表現方法の違いについてはどうでしょう。西洋の絵画は、光の表現や陰影の立体的な表現、合理的な空間構成を伴った写実表現が特徴的です。線描を重視したり、面を平坦な色面としてとらえることの多い日本絵画の表現方法とは大きな差があると言えます。さらに、両者の描こうとする世界の違いは、日本と西洋の文化的伝統そのものとかかわる根本的なもので、むろん画材や表現方法の違いとも結びついています。
このような両者の大きな違いは、新しい日本画をつくろうとした画家たちにとって、たやすい状況ではありませんでした。さまざまな革新的な試みがなされ、挫折がありました。日本と西洋、伝統と革新の間での試みが、近代の日本画の歴史を形づくったと言えるのです。作品を鑑賞するときも、このような「日本と西洋」「伝統と革新」という考え方が、作品理解の手がかりとなるはずです。具体的に作品をみてゆきましょう。写真は、日下八光(くさか・はっこう)の初期の作品「清流」です。この作品の下地には、淡い褐色系の色彩が塗られ、その上に墨色で丹念に武蔵野の風景が描かれています。小川がゆっくりと流れ、風景そのものが静けさの中にあるように感じられます。
ここで注意しておきたいのは、木の枝や草の表現が、筆線に表情をもたせる伝統的な技法を生かしているのに対して、風景全体が遠近感のある写実的表現で描かれている点です。
この作品が描かれた1920年代、洋画の影響から、若い日本画家の間で細密な写実的表現がさまざまに試みられていました。「清流」は、その時代の空気のなかで描かれたのです。
ただ、洋画的な写実的描写がなされていても、風景に対する作家の視線はやさしく叙情的です。自然に対して親密な日本絵画の伝統的な姿勢が受け継がれていると言えるでしょう。そしてそれは、日下の後の作風に展開していく個性と言えるものなのです。
徳島新聞 県立近代美術館 45
1991年8月14日
徳島県立近代美術館 森芳功
1991年8月14日
徳島県立近代美術館 森芳功