徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
穢土
1985年
岩彩、テンペラ キャンバス
190.0×500.0
小嶋悠司 (1944-)
生地:京都府
データベースから
小嶋悠司穢土
他の文章を読む
作家の目次 日本画など分野の目次 刊行物の目次 この執筆者の文章
他のよみもの
美術館ニュース

小嶋悠司 「穢土」

森芳功

 第二次世界大戦後に、日本画に対する根本的な問いかけが起こりました。しかし「日本画とは何か」という問いかけは、日本の絵画が西洋の影響を受けた19世紀の後半から、常に意識されてきたことで、古くて新しい問題なのです。今日、日本画どのように考えられ、どのように表現されているのでしょうか。
 小嶋悠司(こじま・ゆうじ)の表現には、現代の日本画のひとつの側面が表れています。彼は、岩絵の具や泥絵の具などの伝統的な画材を用いるだけでなく、西洋の画材であるテンペラ絵の具やキャンバスを使って描いています。これは、画材の面から言えば純粋な日本画から離れることであり、「日本画とは何か」という問題を、私たちに問いかける表現だといえるでしょう。
 テンペラ絵の具は、油絵の具のようなつやはなく、水で溶いて使うところから日本画に似た効果を出すことができます。また、キャンバスは、厚く塗り重ねた絵の具の重みを支えることが可能です。伝統的な日本画の技法にはない、削ったり引っかいたりする彼の絵肌作りには、洋画の画材が必要となったのです。
 この「穢土(えど)」(県立近代美術館蔵)も岩絵の具とテンペラ絵の具を併用し、キャンバスの上に描かれた作品です。褐色の大きな画面のなかに、人間たちがうごめいている様が表されています。絵の具を併用してつくった荒々しい絵肌と暗調の色彩、人間を樹木のように描く形の変形、そして画面の大きさは、私たちに強烈な印象を与えます。題名となっている穢土とは、苦しみに満ちた現世、人間の住むこの世を指します。仏教の用語を題名としながら、彼は現代の人間性のありようを描こうとしています。
 確かにこの作品は、これまでの日本画のイメージを破るような表現ですが、洋画の模倣ではありません。小嶋がひかれる、日本や西洋のさまざまな美術の影響を栄養素として、新しい表現世界をつくりだしているのです。
 このような作品を見ると、近代日本画の革新者のひとり菱田春草(ひしだ・しゅんそう)の発言を思いだします。日本人の描いた作品は将来すべて日本画と呼ばれ、古い意味での洋画、日本画という区分はなくなる、という意見です。現代の日本画は、伝統的な画材や技法、様式を超えた、現代の日本絵画といえる表現を生んでいるのです。
徳島新聞 県立近代美術館 51
1991年9月26日
徳島県立近代美術館 森芳功