徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
初年兵哀歌(歩哨)
1954年
エッチング、アクアチント 紙
23.8×16.3
浜田知明 (1917-)
生地:熊本県
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浜田知明初年兵哀歌(歩哨)
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徳島新聞連載1990-91

浜田知明 「初年兵哀歌(歩哨)」

竹内利夫

 浜田は東京美術学校油画科を1939年に卒業するが、すぐさま軍隊生活を余儀なくされた。この戦争体験が後の方向性を決定づけるいったんは郷里の熊本に帰ったが、再び上京し1950年から本格的に銅版画を始めた。
 彼の銅版画へ向かったいきさつは、後から聞いても明解で説得力がある。従軍中に直面した不条理を告発すると心に決めた彼は、人間心理の深層にまで照明をあてて「戦争」を描くための方法を模索する。テーマは決まっていたのである。「是が非でも訴えたいものだけを画面に残し、他の一切を切り捨てた。色彩を捨て、油絵具という材料を捨て、そして白黒の銅版を択んだ。」(「現代の眼」1972年、207号)自覚的に版表現を選択する姿勢がここでは明確である。戦後の日本に多く輩出した版画専門作家たちを考える上で、象徴的なエピソードとはいえまいか。
 描かれているのは、軍内の生活に耐えきれず自害を思う男が、銃口を喉元に当て、自らの足で引き金を引こうとする様子である。細かい部分は省略され、数段階に限定された黒の諧調の中に初年兵が浮かび上がる。どう目をそむけても、この惨めな自決のさまに視線は釘づけにされてしまう。黒い部分には、アクアチント特有の細かくあるいは荒井粒状のきめが現れている。壁のざらつきのようにも、追想の中で止むことはなくはらはらと降り落ちる粉雪のようにも見えるが、あいまいでよく分からない。押さえた表現の中に主題のみを輝かせる手法は、今日なお新鮮である。この作品は1956年、第4回ルガノ国際版画展で次賞を受け、そのテーマの衝撃度もあいまって注目を集めた。
 以後浜田は、比較的オーソドックスな銅版画技法に限定しモノクロームの世界をつむぎだしてきた。硬質な批判精神と風刺の軽妙さを合わせ持った性格は一貫している。
特別展「コレクションでみる 20世紀の版画」図録 第1部 戦後の展開 1. 先駆者たち
1997年4月12日
徳島県立近代美術館 竹内利夫