徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
Pencil 2-3
1974年
シルクスクリーン 紙
75.5×107.0
1974年
シルクスクリーン 紙
75.5×107.0
木村秀樹 (1948-)
生地:京都府
生地:京都府
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木村秀樹Pencil 2-3
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20世紀の版画展
木村秀樹 「Pencil 2-3」
竹内利夫
版画の拡大がうたわれた1970年代も終わりに近づくと、版をめぐる実験のあらしは次第に静まっていきます。版画に対する関心は依然として高いものでしたが、それゆえに、拡大することをもって良しとする程度の楽観的な表現は、自然に消えていきました。さまざまな実験を整理し、新しい方向を見いだすことが求められたのです。ちょうどこの時期、1979年に東京国際版画ビエンナーレ展が第11回展で幕を閉じたことは、そのような動向を象徴しているといえます。版画の新境地を開拓するという展覧会の役割に、一応の区切りをつけたわけです。
確かにビエンナーレ展は、版画の可能性を探る表現を紹介する場であり続けました。そして、それはまた大きな矛盾をはらみながらの試みでもありました。従来の版画観が打ち破られるような実験を求める一方で、あくまで版画としての高い質も期待する。とすると、そもそも版画をどうとらえているのか、という堂々巡りに陥らざるを得ないのです。版画の今日的な在り方を深く問えば問うほど、その矛盾は鋭く路程していきました。
今回取り上げる、木村秀樹の「Pencil 2-3」(県立近代美術館蔵)は、1974年の第9回展で大賞を争った作品です。この時大賞を受けたのは、アメリカの作家ソニア。ビデオの映像からイメージを取り出し、印刷した作品でした。テレビもまた、ビデオを版とした一種の版画といえることを、ソニアの作品は思いおこさせます。テレビと関連を持つことによって、現代版画の版としての機能がさらに拡張されること。そこに注目が集まったのです。その一方で、木村が手仕事の象徴ともいえる鉛筆をモチーフに選んでいるのは、対照的です。
鉛筆をただつまんでいるだけの作者自身の手は、一見何も描くつもりがないようです。そのくせ、それは方眼紙から付かず離れず浮かんでいて、そこには描くこととは何なのかという問いが、暗示されています。版画が「画」であることに対して、木村は確かに関心を払っています。
この二人の表現の差に、版画の突き詰められた状況を重ねて見ることもできます。ソニアは「版」へ、木村は「画」へと、それぞれ極端に考えを集中しました。そして、分かちがたいものであるはずの「版」と「画」が、まるで相いれないものであるかのように隔てられているのです。
徳島新聞 県立近代美術館 42
1991年7月24日
徳島県立近代美術館 竹内利夫
1991年7月24日
徳島県立近代美術館 竹内利夫