徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
赤い闇6
1970年
木版 和紙
80.0×55.0
1970年
木版 和紙
80.0×55.0
黒崎彰 (1937-2019)
生地:旧満州国旅大(現中国遼寧省大連)
生地:旧満州国旅大(現中国遼寧省大連)
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黒崎彰赤い闇6
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この執筆者の文章
黒崎彰 「赤い闇6」
竹内利夫
浮世絵の伝統技法を現代木版画に活かした表現で知られる、黒崎彰(1937-2019)の代表的なシリーズ〈赤い闇〉の1点です。強烈な赤と黒のコントラストと、謎めいた迷宮のような構成は、シリーズの特長であり、木版画家として彼の名を知らしめた作風です。作家は中学生の頃から油絵を習い、絵画の道を志しますが、西洋偏重の美術教育になじめず、思うように画風を確立できませんでした。大学時代に京都の古本屋や浮世絵店をめぐる中で、芳年など幕末浮世絵の魅力にとりつかれ、多色刷り版画の工程に興味を抱いたといいます。
独学で木版画を研究し、描こうとしたのは人の業、情念の世界でした。ムンクやゴーギャンを思わせる表現主義的な作風から出発し、やがてドクロや行き止まりの階段などの象徴的な図像を組み合わせ、幻想的な空間を生み出していきます。心の奥、人間存在の根源を探っていくような、思索的なムードが黒崎作品には一貫してあるようです。
そうしたテーマをイメージ化する手段として、油絵よりも木版画が性に合っていたのでしょう。そして、彼の作品に興味を持った、浮世絵版画の摺師との協働作業がはじまったことにより〈赤い闇〉の精緻なイメージ世界が確立します。「伝統的な浮世絵を現代に蘇らせている」と世界の舞台で評価を受けました。1970年第7回東京国際版画ビエンナーレ展、第3回クラコウ国際版画ビエンナーレ展(ポーランド)と相次ぐ受賞で一躍注目を集めていきます。
こうして見ていくと、情念的な題材を知的に表してみせる計算ずくの制作姿勢が想像されるかも知れません。もちろんこの版数の多色木版画を刷り重ねて完成するためには、綿密な分解と手順の合理性そのものが表現プロセスの要点であることは間違いありません。
京都精華大学に版画専攻を創設し、国内外で技法研究にも熱心に取り組んだ、作家自身の技法に理解を深めるため、当館では本作の版木一式の寄贈を受けました。版下も含めた高精細画像を当館デジタルアーカイブに公開しています。
そこで面白いことがわかりました。版木の上には、手順のメモに混じって、計画変更の指示や覚書が書き込まれており、また、使われていない版パーツも発見されました。設計が終わり、彫りと摺りを経た上で、仕上がりに満足できず、版木の上でさらに格闘する作家の試行錯誤の時間と出合う思いがしました。
画面に目を戻しましょう。幕末浮世絵や日本の祭礼、郷土玩具に見られるような色彩を意識したと作家はいいます*。ひしめく不思議な形も、情念の世界を想起させはしますが、明白に絵解きできるものばかりでもありません。作家もまたイメージの追求を模索していたかも知れません。闇の奥底をのぞき込む、そんな創作の世界へ私たちも挑んでみたいと思います。(上席学芸員 竹内利夫)
*作家の言葉は『黒崎彰の全仕事』より(阿部出版 2002年)
徳島県立近代美術館ニュース No.134 July.2025 所蔵作品紹介
2025年7月
徳島県立近代美術館 竹内利夫
2025年7月
徳島県立近代美術館 竹内利夫