徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
回顧作品その2-ピンポン・ルーム, 1960-
1986年
油彩 キャンバス
206.6×234.0
1986年
油彩 キャンバス
206.6×234.0
アンソニー・グリーン (1939-)
生地:イギリス
生地:イギリス
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グリーン回顧作品その2-ピンポン・ルーム, 1960-
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所蔵作品選1995
アンソニー・グリーン 「回顧作品その2-ピンポン・ルーム, 1960-」
吉原美惠子
この絵の前に立つと、空間はゆがめられてはいますが、ぐるりと自分の前方に広がる光景を見渡したような感じがします。私たちが目にするのは、その窓際に一人の男がたたずんでいる空間です。明るい天井と日の差し込む窓が、この部屋を暖かな空気と静かな時間で満たしていることも感じとれます。窓ガラスに映る一組の男女は、なにかしら独特の雰囲気に満ちていて、男はじっとそれを見つめています。いえ、よく見るとそれは、その男の心の中を映す鏡の役割を果たしているようです。ガラスに映る光景はまさしく男の思い出の場面なのです。この窓ガラスの描写は、平面であることを打ち破ろうとする試みであるとともに、異なる時間をつなぎ合わせるという役割をも担っています。ほおを寄せ合う二人の奥には、祭壇のようにも見える台上に一枚の美しい花嫁の絵が据えられていて、きっと男は描きながら、うっとりと自身の結婚の日を回想しているのでしょう。この画面には、ピンポン台が存在している瞬間、二人の恋人が永遠を手に入れようとする瞬間、そして花嫁の姿がキャンバスに塗り込められることによってとどめられようとする時間があるようです。
1939年、ロンドンに生まれたアンソニー・グリーンは、変形キャンバスを用いて、自らの思い出の場面を題材に物語のような作品を次々と仕上げてゆきました。変形キャンバスによって、私たちは彼が自在に操る時間や空間を実際に見ることができるのです。
人にはそれぞれ、思い出の場面が少なからずあります。それは、人生の大きな転機にかかわる一場面であったり、あるいはさりげない日常の一こまであったり、人によってもちろんさまざまです。しかしながら、一人の人間の回想録が多くの共感を得ることがあるように、絵画においても回想の一場面が他の人の忘却の入れものから忘れていた時間を引きずり出したり、あるいはこっそりと他人の夢の中にいるような心地にさせたりすることがあります。いずれにせよ、作品の前で時間を過ごすということは、作家の充実した創造の瞬間に時を経て立ち合うことでもあるのです。
それにしても、この作品にはふと他人の私的な暮らしの一瞬を垣間見てしまったような気にさせられます。ですから、その永遠の静寂の時を乱すことなく、そっとその場を離れる観者までも想定しているように思えるのです。この作品は来年一月二十二日まで「所蔵作品展94-III人のかたちと表現」において展覧されています。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈48〉
1994年11月26日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
1994年11月26日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子