徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
マルタ/フィンガーペインティング
1986年
油彩 キャンバス
61.2×51.2
チャック・クロース (1940-)
生地:アメリカ
データベースから
クロースマルタ/フィンガーペインティング
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美術館ニュース 所蔵作品選1995

チャック・クロース 「マルタ/フィンガーペインティング」

安達一樹

 「海外の画廊からフィンガーペインティングの大作がオファー(提示)されていますが、260×213センチで1億4千万円程度になってしまいます」
 作品の収集では、ある1人の作家について、数ある作品の中から、どの作品を購入するかが重要な問題です。
 「マルタ/フィンガーペインティング」では、作品の大きさが問題となりました。この作品を推した学芸員も「すごく良い作品だが、惜しいことにちょっと小さい」と大きさにこだわっていました。そこでさらに調査を行って得た情報の一部が冒頭に紹介したものです。これでは少し高すぎます。さまざまな条件を検討して、最終的に当美術館では、この小さいけれども、とても優れた作品を購入しました。
 どうして大きさがそんなに問題となったかと言いますと、クロースの作品の特色のひとつに「巨大な画面」が挙げられるからです。
 フォト・リアリズムの代表的な作家である彼は、写真をもとにプロジェクターでキャンバスの上に引き伸ばし、それをもとに描いていくといった方法によって制作を行っています。
 その描き方は、カラー印刷のように色を3原色に分解して、エアブラシで描いたり、指に絵の具をつけて押したりするなどさまざまな方法を取っています。そして作品は、写真の通りにピントの合っている部分と合わない部分がそのまま描かれます。
 どういうことかというと、人間の場合、見ようとする物に対して、目は焦点を合わせながら細かく移動して脳に情報を伝えます。脳はその結果を総合して、見ようとする物のどの部分にも焦点が合って見えるようになります。例えば人を見たときに、顔にだけ焦点が合って襟の部分がぼやけるということはないのです。ところが写真の場合は、焦点が1つですから、顔に焦点が合って襟がぼやけることは、十分有り得るのです。これが、作品では引き伸ばされて見せられるわけですから、どうしてもそのぼやけは増幅されて見る人に迫ります。
 ここにクロースの見ることに対する1つの提示があります。私たちの見るという行為は、視覚情報を受け入れ、記号化し、総合し、理解することであることを示しています。
 この作品の場合、見えているものは、黒く塗られたキャンパスの上に押された白い指紋だけです。それが女性に見えるわけです。見るということは、何と不思議なことではないでしょうか。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈5〉
1993年7月16日
徳島県立近代美術館 安達一樹