徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
12体の立像(群衆シリーズ)
1989-90年
黄麻布、樹脂
各175.0×60.0×30.0(12体組)
1989-90年
黄麻布、樹脂
各175.0×60.0×30.0(12体組)
マグダレーナ・アバカノヴィッチ (1930-)
生地:ポーランド
生地:ポーランド
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アバカノヴィッチ12体の立像(群衆シリーズ)
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所蔵作品選1995
マグダレーナ・アバカノヴィッチ 「12体の立像(群衆シリーズ)」
安達一樹
これらの人体像は、アバカノヴィッチの友人の体から直接取った石こうの型をもとに、黄麻布によって作られています。布=繊維が素材として使われていることは、彼女の作品にとって重要です。彼女は、自然の中の自分の場所、地球上の生命について関心を持っています。繊維の構造が、人の皮膚のように内側と外側を仕切りながら、なおかつそれらを有機的に結ぴつけることから、彼女は自分の表現のためには繊維が最も適した材料であると考えています。それぞれの人体は同じ型から作られていますが、布の張り具合によってそれぞれ違った表情となります。作品の裏に回ってみると、背中はありません。体の前半分を型取った人体像です。そして頭もありません。頭は、人を識別するのに重要な部分です。また、思考する部分であり、人間が人間であるための部分ともいえます。頭の無い空虚な人体像は、捕らわれの身となり考えることを奪われた人間の姿なのでしょうか。それとも氾濫する情報にまどわされ、自分で考えることを忘れてしまった現代人の姿なのでしょうか。しかし、作品からはそのような敗北者の印象を全く受けません。耐え、そして挑み続ける人間の存在を感じます。
マグダレーナ・アバカノヴィッチは、1930年にポーランドで生まれた造形作家です。アウシュヴィッツ、共産革命など、彼女の生まれ育ったポーランドは、今世紀、大きな時代のうねりにのまれてきました。その中で、彼女もまた波乱に満ちた人生を歩んでいます。その経験を母体として、この力強く人間の存在を示す作品は生まれました。彼女の作品は、声高に政治・社会的メッセージを歌い上げてはいません。むしろ、寡黙です。しかしながらここには、浮き世の虚飾のすべてを取り去り、極限的な状況の中でなお厳然と存在する「人間」というものが示されています。
「作品には多くの局面があり、その局面自身のイマジネーションが皆さんの創造力を刺激して、新しい空間を創造することに寄与すると思っているからです」。これは、彼女が、ある雑誌のインタビューの中で語った言葉です。
皆さんは、近代美術館の所蔵作品展に展示されている、この頭のない12の人体像と出合ってどのように感じ、どんなことを考えるでしょうか。
作品と出合い、そして何かを思ったとき、その思いは、昔話のわらしべ長者が拾った1本のわらしべと同じことでしょう。これをきっかけに皆さんは、美術の世界でどんな長者となるのでしょうか。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈1〉
1993年6月5日
徳島県立近代美術館 安達一樹
1993年6月5日
徳島県立近代美術館 安達一樹