徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説

女性立像
1922年
ブロンズ
77.0×31.0×19.2
1922年
ブロンズ
77.0×31.0×19.2
オシップ・ザツキン (1890-1967)
生地:ロシア、スモンレスク
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オシップ・ザツキン女性立像
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所蔵作品選1995
オシップ・ザツキン 「女性立像」
井手迫蒼
1910~30年代、数多くの若い芸術家たちが世界中、とりわけ東欧から、芸術の都・パリに集まりました。彼ら異邦人は総称して「エコール・ド・パリ」と呼ばれ、それぞれが個性的な作風で活躍します。この彫刻の作者、オシップ・ザツキン(1890-1967)もその一人です。ザツキンはロシア帝国(現・ベラルーシ共和国)出身で、パリに出てきたのは1909年。それ以前に地元ロシアやイギリスの美術学校で学んでおり、パリでもまず美術学校に入学しました。しかし半年ほどで退学。彼は学校の教育よりむしろ、大英博物館やルーヴル美術館で見た世界各地の古代彫刻に惹かれたのです。またこの頃にキュビスム、そしてアフリカ彫刻にも触れました。
パリへ来た当初はロダンやブールデルの影響で写実的な彫刻を制作していたザツキンですが、1913年頃にアーキペンコやブランクーシの作品を見て、その簡潔で単純化された表現に衝撃を受けます。彼らもまた1900年代に東欧からパリへやってきて、それまでにない彫刻表現を生み出した作家たちでした。ザツキンはそこから、新たな作風を模索していくことになるのです。途中、第一次世界大戦への従軍とそれによる負傷のため、数年間の中断を余儀なくされますが、それでも1920年頃、彼はついに独自の作風を生み出すに至りました。
この作品が制作されたのもその頃です。単純化され、幾何学的な形態によって構成された女性の姿は、キュビスムの影響を示しています。ただしその他にも、古代彫刻やアフリカなど各地の民族美術の影響も見てとれます。つまり、キュビスム以外にも多くのものを研究した結果、生まれたのがこの作風なのです。この作品では、女性の姿勢や身体の各部位のバランスがボリューム感を強調し、実際の身体とは異なる独特の凹凸表現が彫刻の表面にリズムを生んでいます。これらの表現、特に凹凸の表現は、この時期のザツキン作品の特徴と言えます。
彼がこの作風で制作したのは1920年代前半の数年間で、その後は次々と異なる作風に向かっています。そのような変化の一方で、彼はいつも変わらず人間を見つめ、生涯を通じて多くの人間像を制作した作家でもあります。彼の人間像はどれも、豊かな叙情性を持っているのが特徴です。
この作品でもそれは変わりません。単純化された幾何学的な構成にもかかわらず、無機質な冷たさは感じられず、むしろ人間としての温もりや生命感、感情といったものが伝わってきます。そのように、造形的な面白さと人間的な感情を絶妙なバランスで両立させている点が、ザツキンの作品の大きな魅力だと言えるでしょう。
徳島県立近代美術館ニュース No.136 December.2025 所蔵作品紹介
2025年12月1日
徳島県立近代美術館 井手迫蒼
2025年12月1日
徳島県立近代美術館 井手迫蒼