徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
版画集〈ジャズ〉1.道化師
1947年
ステンシル 紙
42.2×65.1
アンリ・マティス (1869-1954)
生地:フランス
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マティス版画集〈ジャズ〉1.道化師
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アンリ・マティス 「版画集〈ジャズ〉1.道化師」

友井伸一

 時は第二次世界大戦中のフランスにさかのぼります。1943年、73歳を迎えようとしていた老画家アンリ・マティスは、豪華美術雑誌「ヴェルヴ」を出版していたテリアードから、色刷り版画による挿絵本の制作依頼を受けます。数年前から体調を崩してベッドでの生活が主となり、次第に絵筆をもつのが困難になっていたマティスでしたが、彼はこの申し出を引き受けます。マティスは、絵筆をハサミに持ち替え、以前に試したことのあった切り絵を本格的に用いて制作することにしたのです。制作は4年近くかけて徐々に進められ、大戦後の1947年に20枚の版画とマティス自身の文章からなる挿絵本「ジャズ」が出版されました。
 彼は、1954年に亡くなっていますが、この作品を老人の手すさびなどと思ってはいけません。切り絵を用いることによってマティスは、生涯のテーマであった色の表現を、新しい地平へと押し進めることができたのです。色紙を切り取ること、それは彼にとって「色そのもの」を切りとることでした。「ジャズ」に添えられたマティスの文章に「色を深く傷つけることは、直接彫って彫刻を作ることとにています」という部分があります。ここで彼は「色」を手ごたえのある実体としてとらえたのです。
 マティスは「色」に導かれて「色」を切りとり、配置していきました。そこで生まれたかたちは、マティスによると「サーカスや民話、旅の記憶が結晶のようになって発生した」ものだそうです。このようにして生まれた色とかたちのリズムは、また次のリズムを発生させ、あたかもジャズの即興演奏のような、生き生きとした激しい響きを持つ作品が出来上がりました。
 また、この作品のもう一つの魅力は、マティス自身の文章が手書きのまま刷られていることです。その内容は、絵の説明ではなく、神や愛、自由、画家の姿勢などについての彼の断想が積み重なった一種の散文詩のようなものです。マティスは、この手書きの部分は色のぺージに対して装飾的な関係を持っており「その役割は純粋に視覚的なものである」と言っています。この手書き文字は、色とかたちのリズムを支え、それと共鳴しているのです。
 フォービスムから出発し、20紀美術の代表者としてピカソと並び称されるマティス。その晩年に制作した、新鮮で楽しいこの実験的な作品「ジャズ」と一緒に、あなたもスウィングしてみませんか。なお、この作品はいま県近代美術館で開催中の「マティスの『ジャズ』」展(22日まで)に展示しています。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈34〉
1994年5月3日
徳島県立近代美術館 友井伸一