鑑賞シート活用授業研究会―報告

平成18年7月21日(金) 9:30〜12:50  於:徳島県立近代美術館  >>PDF版

1 はじめに

 この授業研究会は、徳島県立近代美術館の「鑑賞教育推進プロジェクト」が企画しました。このプロジェクトは、学校の職員、大学の研究者、学芸員がチームになって「鑑賞シート」を制作することを中心に活動しています。これまで5種類のシートを作成し、各学校に配布しています。
 「鑑賞シート」は、学校と美術館で鑑賞教育が広まるための橋渡しとしての役割を果たし、徐々に活用例も増えてきました。今回の企画は、開発メンバーが自ら授業実践の場に身を置き、先生方と意見交流することを願って、踏み出してみたいと考えたものです。また、子どもたちと同じ鑑賞体験を、先生方ご自身に実感していただきたいとも考えました。

2 指導案について

 クレー「子供と伯母」のシート活用例として、さらに、学校と美術館が一緒に取り組めることを探る事例として、濱口が第1学年図画工作科学習単元「はじめまして、どっきどき☆ドン美術館」を立案しました。授業者の濱口・竹内ともにクレーのシート開発を担当したメンバーです。
 シート開発に込めた考えを、そのまま単元構想に取り入れました。それは、主体的に作品と向き合う意欲を支援したいという視点です。子どもたちが、絵と直に対話する「お話づくり」や「名前つけ」の活動を通して、新たな自己と出会い、主体的に創意工夫しようとするひたむきな態度を獲得していけたらと願います。
 指導案は、「作品なぞなぞ」というアイデアを中心にすえています。自分たちそれぞれが見出し、思い描いたヴィジョンを確かめながら、友だち同士のコミュニケーションを通して、楽しく鑑賞体験に出会うことを狙っています。線や色の読み取り、感じたことを言葉にすること、そのような、自分が作品と向き合うための力を、子どもたち自身が学び取ってくれる姿を期待しています。 (指導案は美術館ホームページからダウンロードできます)

3 研究協議

  授業後、アトリエに30名の先生方がお集まり下さいました。授業で活用したクレーの鑑賞シートなどについて説明し、授業に関して意見交流を行いました。(進行は授業者2人)
 昨年度の3年生が絵をもとにペア学習で作った「クレーの絵本」を、先生方にお願いして朗読していただきました。鑑賞シートの開発に込めた考え方―主体的に作品と向き合うための「鑑賞あそび」とも言える活動を、皆さん自身に体験してもらおうという意図でした。
 当館で初めての公開授業です。まずは意見交流と考え、テーマを絞らずに進行しましたが、鑑賞をめぐる様々な質問やご意見も出されました。以下、協議内容を記録します。

(1)授業者から

 鑑賞とは自分を見ることに他ならないと思う。鑑の字が鏡を意味するように、作品と向き合うことで自分を発見していく学びが生まれる。そのことを3年生や1年生の子どもたちから私自身が教わってきた。(濱口)
 クレーシート開発に関わる中で、主体的に活動するためのスキルという教材観に共感を覚えていった。学校鑑賞でほんの5分程度の鑑賞支援しかできない学芸員の立場で、それが一番必要だと感じてきた経験に、相通じると考えている。(竹内)

(2)シートや授業をめぐって意見交流

@鑑賞シートについて

ピカソシートを5年で使った。変わったところを見つけることに熱中し、予想外に活発だった。続いて描いた自画像では、普段なら使って良い色をたずねてくる子どもたちが、自由に色づかいや描き方を楽しんでいた。

中学校で日下シートの出前授業をしてもらった。どういうことに注目していけば良いのか、どのように絵に入っていけば良いのか、順にたどっていけるシートなので、手がかりになった。

同僚が2年で日下シートを使った。結構関心を持ったようだった。大きくコピーして掲示したかったが、色も変わるだろうし著作権の問題はないのか教えてほしい。掛け図やプロジェクター用の画像データを貸し出してもらえたらと思った。
   A.(進行役からコメント。以下同じ) 授業者と学習者による複製は自由(権利保護が制限されている)。写真の貸出なども検討したいが、学校のコピー機も使って手作り授業に積極的に取り組んで欲しい。色の再現はほぼ不可能な話で、ただし鑑賞シートは色校正を通常以上に厳しく行っている。

A表現的鑑賞活動について〜朗読会体験〜

昨年度の3年生による「クレーの絵本を作って、美術館で朗読会をしよう」の作例を朗読。参加教員の方3名に朗読をお願いし、シートの作品図版を見ながら聞いて頂きました。

何のために見るのかと考えると、見方を変えていくということではないだろうか。自分なりに見るだけならそこで終わってしまうが、友だち同士で意見を聞き合う中で、新しい見方に出会ったり、自分の見方が変わったりしていく。それが大切だと思う。

クレー朗読会の物語は、どういう指導を経て生まれたのか?
   A.クレーシートに沿って、線と色の表現活動から入る。すぐに子どもたちはクレーばりに自分たちもお話しができる気になっていった。続く物語は、特別な配慮の必要な子らも活動できるようにペア学習を取り入れ、二人で相談しながら推敲を重ねていった。

B本時の授業について

自由に鑑賞する授業として内容は素晴らしかった。初期の段階としては良いのだと思う。一つの疑問は、例えばタイトルは「子供と伯母」であって確かな主題があり、クレーの真実はそこにあるはずだが、自由に見ていく時にそれをどう扱えば良いのだろう? 二つ目は、細かいことだがクレーシートの天使のキャプション順が分かりにくい。探してみようとすると「むしろ鳥」というあいまいな作品名も。やはり同じ自問にゆきつく。
   A.主題学習ももちろん必要。それは美術館展示の場でも常に課題となる事項。一応の解釈や事典的な情報をパネル類は提供する。しかし芸術作品の主題解釈とはそう通り一遍にゴールへ行き着けるものではないことも忘れずにおきたい。またクレー作品は抽象的な象徴表現と具象的な題材とが混在して、見る側の想像力を受け入れる面を持っている。今回のような学習には格好の作例だと考える。
   A.真実を知ることより真実は何かと考えることが大切だと思う。

授業Uで子どもたちは二人の人物に注目していた。けれども後は形探しに展開していた。二人をもっと見ていけばよいのでは。また形だけに集中せず、色と線の全体像を見るように進めたらどうか。
   A.1年生向けとして構成した。それから、人を見つけたように思えても子どもたちは大人とは違うものを思い描いている場合もあって、大人の解釈通りに進めようと急ぐのは危険だと常に気をつけている。

画家の意図はあるはずなのだから、やはり意図を受け取るよう学ばせたい。ただ、古い時代背景を子どもらが理解できない作品では意図も受け取りにくいので、どうすべきか迷う。今回は、自由に見せる学習なら抽象画でやれば良いのにと思った。
   A.作品の背景もまた難しい問題で、それは学校に限った話ではない。芸術作品は往時にどう見られていたかを研究する面もあれば、現在から見てどのような意味を受け取るのかという視点もあり、芸術鑑賞のアプローチは多面的である。

4 まとめにかえて

 授業例・公開例ともに少ないことから、実践公開と意見交流を第一義と考えました。テーマを絞り込んだ進行や総括を行いませんでしたので、事後の反省会で研究の狙いを今一度整理してみました。お目通し頂き、ご意見を頂戴できれば幸いです。

@鑑賞教育の視点

 公開授業では、「鑑賞遊び」を活動の中心においた。この活動は、自分の考えを伝え合う方法が身につくことを目標としている。
 その狙いは、自分の力で作品と対話する力の育成にある。「作品との関わり方」を覚えた子どもたちは、自分一人でも鑑賞を楽しむことができる。その力を自分で伸ばしていくことができる。
 それは、どの子にも獲得できる力であり、決して図工好きの人だけのものではないと考える。そして今回の授業は、どの先生と子どもたちにとっても取り組める授業方法であると考える。

A鑑賞遊びについて

 鑑賞遊び「作品なぞなぞ」には、次のような要素がある。1)絵をよく見る態度 2)自分なりの感想を大切にする気持ち 3)他者(作者も含めた)とのコミュニケーションを通して自分の意見を見つめ更新していく。
 いずれも鑑賞学習のために何よりも大切な要素である。さらに言えば、自己理解や他者理解の力を育む、子どもにとってかけがえのない価値を持つ。
 このような「鑑賞遊び」の方法は、初めて絵と出会う低学年の子どもにとっても、また、確かな解釈や価値観を分かりたいと求め始める高学年の子どもにとっても、様々な学習場面へ発展的に取り入れることができると考える。「なぞなぞ遊び」のような作品とのかかわり方を学んでいくことで、美術の歴史や作品についての知識を受け入れながらも、それらを自分なりに咀嚼し自己の価値観を塗り替えていこうとする力を育くんでいくことであろう。

5 おわりに

 夏休みの初日、クラスの子どもたち全員が参加し、元気に活動してくれました。ご協力下さった保護者の方に心から感謝いたします。研修日程などお忙しい中、小・中・高の先生方が広く参加して下さり、県立近代美術館で初めての試みが無事盛会に終わりました。事務局として尽力いただいた鑑賞教育推進プロジェクトの先生方、富田小学校関係者をはじめ、ご協力いただいた皆様ありがとうございました。

(文責:濱口由美・竹内利夫) 平成18年8月23日

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