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展示スケジュール
(抜粋)
 
活動報告
徳島県立近代美術館における「鑑賞教育推進プロジェクト」の活動と鑑賞シートについて
−美術館と学校教育の連携の視点から

森 芳功

(徳島県立近代美術館研究紀要 第7号 2005年3月)

2.「鑑賞シート」を活用した授業と作品鑑賞

 「鑑賞シート」は、徳島県下の小中学校を中心にして、徐々に使われはじめている。ここでは、授業や出前授業でどのようにシートが使われてきたのか、筆者が関わったものについて、異なる性格をもつ例を、実践に移された順にいくらか紹介することにしよう。

(1)さぬき市立津田中学校(香川県さぬき市)

 津田中学校における実践は、日下シートを使った最初の実践となった。同校は、2004(平成16)年4月14日、遠足で当館に来館。中学校2年生2クラス59名。所蔵作品展「徳島のコレクション2004-T」を見学した。
 当館では、それぞれの学校の条件に沿った形で団体鑑賞のガイダンスや解説を行えるよう、事前に学校側と打ち合わせをするようにしている。津田中学の「鑑賞シート」活用も、その打ち合わせのなかで利用方法を決めていった(6)。この日の見学は、ガイダンスの後、学校側の用意したワークシートをもとに各自で鑑賞する活動を中心としたが、それに加えて10人程度のグループごとに学芸員が「解説」する時間を設けた(7)。その「解説」に、日下八光〈阿南の海〉を取り上げたのである。
 生徒には事前に「鑑賞シート」を配布し、各自でシートに取り組んでおいてもらい、当日の「解説」では、生徒との「対話」を重視して、作品をよく観察したり解釈を深めたりする活動につなげていった。少人数の班に分けた対話型の解説は、当館でしばしば行っている方法であり、感想を聞いたり講師の問いかけに答えたりする過程を大切にしながら、子どもたち一人一人の鑑賞をはげまし、それぞれのあり方で鑑賞のこつをつかんでもらおうとする試みである。津田中学校の鑑賞は、普段の団体鑑賞で試みている「解説」と「鑑賞シート」の内容を結びつけたものであった。
 この時期は、「指導の手引き」が完成しておらず、授業で「鑑賞シート」を取り上げてもらうよう薦めることはできなかったが、遠足の事前学習の資料として活用され、実際の作品鑑賞と結びついた例となった。後に学校が生徒から集めた声には、シートの説明文や複数の図版が事前の学習として参考になったという意見がよせられている(8)。
(6) 事前打ち合わせは、先生方に来館していただき展示作品を見ながら細かく行う場合がある他、見学の内容や学校から美術館までの距離的問題から、電話やファックスで行うことも多い。津田中学校の場合は電話で打ち合わせを行った。
(7) この日対応した当館のスタッフとして、安達一樹(専門学芸員)がガイダンス、仲田耕三(専門学芸員)と筆者が日下作品の解説を担当した。解説は計5回行った。
(8) 生徒の意見のなかには、展示室における「解説」がシートの内容と重なっていることを指摘するものもあった。「鑑賞シート」による事前学習を踏まえた作品鑑賞において、美術館側の対応についての反省点ともなった。

(2)徳島市八万中学校(徳島県徳島市)

 学校における「鑑賞シート」を使った最初の授業は、2004年7月の第3週、徳島市八万中学校において行われた。1年生の美術6クラス(各45分授業)で日下シートが使われ、10月と11月には、当館に来館して実際の作品鑑賞も行われた(9)。
 八万中学におけるシートの授業は、「風景画の制作−身近な風景を描こう−」という課題の一こまとして、風景画についての理解を深めるために行われた。この実践を行った坂本和生教諭は、生徒に「鑑賞の方法論や鑑賞者としての姿勢」を学ばせる他、「作者の心情や作品に込められた想い」を読みとったり、技法を参考にしたりしながら、「自らの風景画の制作に活かせる土壌を築かせたい」ということを実践報告のなかで述べている(10)。
 授業の展開については、授業案(11)を参照していただきたいが、やや具体的に紹介すると次のようになる。@まず、シートの問に対する答えを考えさせ、各自のスケッチブックに書かせる。A次に、生徒の感想を聞き、個々の感想の違いを確認できるようにしたうえで、B「何を、何に、何で、どうやって」描いているのかを観察させ、「絹本着色」など日本画の材料や素材について説明も加える。Cそのような過程のなかで積み上げた観察や感想をふまえ、最後に「どんな気持ちで」描いているのかを想像させる(12)。
 坂本教諭は、「より深く広く作品を味わう」ためには、「何を」「何に」「何で」「どうやって」描いているのか、「どんな気持ち」で描いているのか、つまり、主題や材料、表現技法、作家の意図や感情を「感じさせ・想像させ・探らせ・読み取らせ・理解する作業を生徒自身にさせる」ことが大切であり、「授業者が効果的にこれらの作業を進めようとする時、この鑑賞シートが大きな役割を果たしてくれる」と述べている。
 美術館における作品鑑賞は、10月、11月に2時間続きの必修美術(週1.5時間)の時間を使ってクラスごとに行われた。日下八光〈阿南の海〉の鑑賞に約30分、当館の展覧会の鑑賞に40分程度をあてた(13)。〈阿南の海〉は、所蔵作品展に展示されていない時期だったため、講座室を会場とした。
 会場では、生徒全員が作品から距離を置いて座り作品全体の印象を確かめた後、少人数の班に分かれて作品に近づき、順番に細部の観察を行った。そして、図版と比べて実際の作品がどう感じられたのかを問う学校側の用意したプリントに記入。最後に、短い時間ではあったが、学芸員が生徒の質問に答えたり、簡潔に解説を加えたりする時間を設けた。
 「鑑賞シート」による授業を受けているため、作品鑑賞を楽しみにしている生徒が多く、作品と対面したときに歓声のあがったクラスもあった。プリントに生徒が記した文章を見ると、実際の作品から多くのことに気づいているのが分かる。画面の大きさに驚き、図版では再現されていない微妙な色使いや、図版ではつぶれてしまっている細部の描写についても発見するなど、細かく観察できたようだ。生徒の多くは、実際の作品と出会うことで自身の力で作品を読み込むことができ、作品鑑賞の楽しさを実感してくれたように思う(14)。教師も学芸員も、会場では細かな指導は行わなかったが、それぞれの力で作品の魅力を見いだすことができたのではないか。
 このことについて坂本氏は、「1つの作品を長時間注視する生徒たちの姿を見ていて、鑑賞シートの存在と生徒たちへの動機付けの大切さを痛感した」と述べている。ここでいう「動機付け」とは、作品鑑賞に先立つ指導の重要性を指摘したものであるが、この発言は、事前の指導にとって「鑑賞シート」の授業が有効であったことを物語ものといえるだろう。
 なお、念のために断っておくと、「鑑賞シート」は鑑賞教育観や方法論を狭く限定するのでなく、多様に解釈できる幅を持たせてつくられている。その幅とは、このシートが、問いかけを活かす教師の指導を前提として成り立っていることとも重なっている。教師の教育観や技術がその「幅」を埋めながら実践と結びつき、創造力を発揮しながら多彩に広がっていくことを想定したものだが、その可能性を八万中学の実践を見ながら感じることができたように思う。
(9) 坂本和生教諭の実践。筆者は、教室での授業を見学させていただいた他、当館での作品鑑賞の受け入れを担当した。日下八光〈阿南の海〉の鑑賞は、4日に分けてクラスごとに行い、計214名の生徒が参加。
(10) 坂本和生「身近な風景を描く・風景画を味わう(絵と鑑賞) 地域の美術館との連携による鑑賞教育」「美育文化」第54巻第6号 2004年11月 美育文化協会 pp.68-69。以下の坂本氏の発言は同書からの引用による。
なお、坂本教諭の報告は、「とくしま美術」(第34号 2005年3月発行 徳島県中学校美術教育研究会)にも掲載の予定。
(11) 坂本和生「地域の美術館との連携による鑑賞教育」「平成16年度 中学校教育課程研究集会資料 整理番号5」 2004年8月5日
(12) 坂本和生、前掲10から整理。
(13) 当館が八万中学校の校区内にあり距離的に近いこともあって、生徒の移動はタクシーに分乗して行った。
(14) たとえば、「想像したよりも大きい」「何色も色が重ねてありきれいだった」「シートと色がちがう。木の枝一本一本の色がちがう。近くで見ると、細かい所の着色がすごくきれい」などの感想があった。

(3)鳴門市林崎小学校(徳島県鳴門市)

 林崎(はやさき)小学校における実践は、「鑑賞シート」を使った学芸員の出前授業として初めてのもので、美術館見学と連結させない形での実践例ともなった。2004年9月15日、6年生2クラス52名が参加。
 同校では毎年、卒業の記念とするため、6年生全員が校内の風景や校内から望む風景を水彩画で制作する写生会を行っている。「鑑賞シート」の授業は、それと関連させて風景画についての理解を深めるものとした。出前授業そのものは3日間行い、1日目の1こま目が日下シートを使った鑑賞の授業、2こま目は、それに基づいたスケッチへのアドバイスにあてた。2回目と3回目は、実技経験のあるボランテイアを中心に水彩絵具の使い方の指導、児童一人一人と対話しながら制作の意図が表現と結びつくようなアドバイスを行った(15)。
 日下シートを使った授業では、八万中学での実践にならって、シートの問いかけに対する答えを用紙に記入させ、それを後で訊ねる形をとった。授業の流れは、図版による細部の観察やそれにもとづく画面の読みとりなど、シートの展開にそったものとしたが、目標としたのは、〈阿南の海〉に込められた作家の制作意図の解釈が、児童一人一人の小学校への思いと結びつけられるようにした点である。授業の最後のところでは、二人の担任の先生や美術館側のスタッフに、自らの小学校時代の思い出と結びついた場所について語ってもらい、写生におけるモチーフ選定の参考となるようにした。
 授業を通して、「鑑賞シート」は授業の目標に応じてさまざまに適応可能な教材であることが確認できたように思う。この学校では、6年間親しんだ校舎や風景を児童一人一人のなかで捉えなおすために、〈阿南の海〉のもつ古里を描いた側面が活かされたのだが、授業の目標によっては別の重点の置き方も可能となるからである。また八万中学の例とも共通するが、制作と結びつけることで、「鑑賞シート」による鑑賞の授業が制作の参考になり、制作がシートで取り上げた作品に対する理解を深めるといった相互作用も、授業の進め方によっては期待することができるように思われた。
 一方、林崎小学校での実践は、美術館での鑑賞との関わりでいえば、シートによる授業が実際の作品鑑賞と結びつかないケースとなった。美術館から距離的に離れれば離れるほど、学校による作品鑑賞は遠足や校外学習を除いて可能性は少なくなり、同一単元のなかに美術館見学を組み込むことは困難となる。しかし、この出前授業の一点の作品をじっくり読みとっていく作業の過程で、美術館の所蔵作品に対する子どもたちの関心が高まり、作品鑑賞が親しみやすいものとして一歩近づいたことは確かである。児童の感想文を読むと、「本物の作品を見てみたい」という内容のものがいくつも含まれていた。美術館見学が計画されていない条件のもとでも、「鑑賞シート」が実際の作品鑑賞を想定してつくられているため、細部の読みとりやマチエールの観察など、図版鑑賞に留まらない興味をかきたてる効果があるからだと考えられる。その点は、将来の作品鑑賞と結びつけるうえで効果が期待できるのではないかと思われる。
(15) 「鑑賞シート」の授業部分は筆者が担当。他に講師として長楽周平(文化推進員)、門倉摩耶(文化推進員)と5人のボランティアの方が参加。

(4)池田町池田中学校(徳島県三好郡)

 これは、日下シートを使った鑑賞単独の出前授業の例である(16)。2004年9月30日、1年生の全員80名が参加。シートの問いかけを各自記入させ、要所、要所で発言を促す方法は、八万中学校、林崎小学校における実践を踏襲した。
 池田中学校における授業の特徴は、制作など他の活動と関連づけることなく鑑賞単独で行ったことである。日下シートで〈阿南の海〉を詳しく見ながら鑑賞の方法を学ぶとともに、当館が所蔵している他の日下作品もスライドによって紹介し、彼の画業についてもやや詳しく説明した。「鑑賞シート」は、美術史の知識や美術研究の情報がなくても指導のしやすいようにつくられているが、スライドによる説明の部分は学芸員の出前授業のために追加した要素である。美術館見学の予定が組み込まれていなかったことから、スライドの映写では画面のサイズについて説明するなど、意識的に実際の作品鑑賞への関心を高める内容とした。
 授業後の生徒の感想には、次のようなものがあった。「クイズみたいにしてくれて、探すのがすごく楽しかった。よく見たらいろいろな不思議があっておもしろかった。とても細かい絵できれいでのどかな風景だった」、「私は美術館に行ったことがなかったから、今日は美術館の作品を見れて(ママ)とっても良かった」「一度美術館に行ってみたいと思った」。アンケートには、観察から鑑賞を深めていく楽しさや、美術館への関心について書かれているものが少なくなかった(17)。
(16) 筆者が担当した。
(17) 担当の先生は次のように述べている。「今回の実践を通して鑑賞の楽しさやおもしろさを味わうとともに、美術館や芸術作品、そして芸術家がより身近なものに感じられるようになったと思う。(中略)少ない授業時数の中で遠くの美術館へいつどうやって連れて行くのかということを考えると、実際に美術館を訪れることは困難な場合も多いが、このような出前授業のような形で美術館との連携を図りつつ計画的に鑑賞学習を取り入れることは可能である」(宮成万寿美教諭の報告書「美術館と連携した鑑賞教育について」2004年11月)。

(5)徳島市富田小学校(徳島県徳島市)

 メッツァンジェ・シートを使った最初の出前授業。2005年1月31日。5年生1クラス30名が参加。当館の竹内利夫主任学芸員が担当した。2月8日には、所蔵作品展でメッツァンジェ〈自転車乗り〉の鑑賞も行った。
 この出前授業は、「美術館キュレーターになって」という図工科の学習と関連した総合的学習の時間の1コマとして行われた。5年生が、低学年の2年生を観衆にして、分かりやすく作品や作家を紹介する発表に向けた学習の一環。子どもたちは、モネやルノワール、ピカソやクレーなどの作家や作品について調べ、発表の準備をする過程で、「本物の学芸員」のトークを聞こうというのがこの日の出前授業の趣旨だった(18)。
 出前授業は、学芸員と担任の先生によるチーム・ティーチングの形をとりながら、シートの流れに沿って展開。1ページ目で第一印象を大事にし、2ページ目で画面の観察をどんどん誘う。3ページでは、いくつかの図版写真によって連想を膨らませ、最後のページで〈自転車乗り〉に自分なりの題名を与える問題に取り組んだ。作家説明の部分では、学芸員の解説を「ギャラリートーク」の見本として聞くコーナーとした。
 美術館の見学では、図版でみたマチエールの実際を観察したり、長い時間をかけて解釈を試みる児童もみられた。その成果は、「美術館キュレーターになって」という単元全体で身につけた作品理解の方法や関心の高まりのなかで評価されなければならないが、鑑賞シートの実践が大切な要素として組み込まれたことに注目したい。
(18) 「美術館キュレーターになって」の単元は、濱口由美教諭の実践。

(6)実践から見いだされた「鑑賞シート」の性質

 以上いくつかの実践例を紹介したが、そこから導きだされたシートの性格をまとめておこう。まず挙げたいのは、鑑賞単独の授業でも、表現と結びつけた授業でも活用できる点である。小学校では、学習指導要領の改訂(1998年12月改訂、2002年度実施)で、独立した鑑賞の授業も可能となる一方で、「鑑賞の活動では、すべての学年を通して、表現との関連を考えて指導する」(19)ことを強調している。独立した鑑賞の授業が模索されつつも、表現と関わらせる方が導入しやすい状況は、指導要領で規定されているともいえる。「鑑賞シート」は、そのような状況に対応するようにして、両方の面で活用される可能性をもっている。鑑賞単独の授業で活用するのはもちろんのこと、日下シートでは風景画の制作と関連づけた鑑賞が行われ、メッツァンジェ・シートでは、総合的な学習の時間でも活用されている。また、「指導の手引き」の「授業案」にあるように、国語と関わらせた総合的学習に取り入れることも可能であろう。鑑賞を独立させる方向がより強くある中学校においても、表現と鑑賞を結びつけた多様な授業目標に対応しながら活用されていく可能性を秘めている。
 このことは、「鑑賞シート」が、教師の創意で内容を付け加えたり、重点を変えたりすることができる性格とも関わっている。日下シートを風景画の制作と結びつける場合でも、たとえば、スケッチから本画へ発展させるところに重点を置いたり、林崎小学校の授業のように児童の思い出の場所と日下のふる里への視点を関連ずけたりすることも可能となる。授業の目標によって、重点はさまざまに変えることができるのである。
 また、「鑑賞シート」には、鑑賞の方法論を実際に鑑賞する過程のなかで身につけていくことができる要素をもっている。日下シートでは、観察から解釈に結びつけていく方法に視点をおいたが、学校でシートを使った授業を受けた後に美術館で作品鑑賞を行った八万中学の生徒が、シートで取り上げた作品以外についても個々でよく観察し、鑑賞している姿が印象的だった。感想文のなかには、「今まで絵とか見ても何も思わなかったが、いろんな絵を見ておもしろいことに気がついた」といったものもあった。一点の作品を深く鑑賞した経験が、他の作品鑑賞にも生かされているように思われる。
 最後にもう一点つけ加えておくと、「鑑賞シート」は美術館の所蔵作品を取り上げているため、美術館見学のときの学芸員による「解説」、あるいは出前授業につなげやすい性質をもっている。作品を前にして学芸員が子どもたちの質問に答えた例の他に、日下シートによる鑑賞では、日本画の筆や刷毛、絵具等の画材や道具を示しながら、表現の説明を行った場合もある(20)。学校の授業でも、展示室での子どもへの対応でも、教員と学芸員のチーム・ティーチングにより効果を上げることができる。このような連携については、さまざまな工夫が可能であるように思われるのである。
(19) 『小学校学習指導要領解説 図画工作編』文部省(発行所 日本文教出版株式会社)1999年5月 pp.24-25
(20) 佐那河内村佐那河内小学校(徳島県佐那河内村)3年生の課外授業として日下八光〈阿南の海〉の鑑賞を行ったときに、日本画の絵具や道具を示しながら作品の説明を行った。2005年3月5日、13日。それに先だって、図工の授業で日下シートを使った授業が行われている。山本敏子教諭の実践。