2002(平成14)年8月4日(日)14:00-15:30
徳島県立近代美術館 講座室
小西昌幸氏
(北島町立図書館・創世ホール主査:当時) |
《はじめに》
小西と申します。「本をめぐる実験」というテーマでお話をさせていただきます。よろしくお願いいたします。 私は、北島町立図書館・創世ホールという複合文化施設で、催しの企画や広報の仕事をさせていただいております。今年(2002年)の2月だったと思うのですが、ある日、こちらの徳島県立近代美術館の友井さん、今ご挨拶された学芸員の方からお電話をいただきまして、「本と美術」という展覧会を準備中であると、それに関して何か私に相談事があって会いに来られるというご用件でした。
数日して、友井さんがやって来られたのですが、お話を伺ってみますと、夏に開く展覧会の関連講座の中で、私に何か喋れという事をおっしゃったわけです。私は、この人大丈夫かなと思いました。私は、非常にかたよった趣味嗜好の人間なので、こういう美術館の講座のような場所では、場違いではないかな、という感じがしたわけです。
今でもそう思っているんですが、2月にお会いした時、友井さんは、昨年10月に私が職場の方で企画開催しました、杉浦康平先生の「ブック・デザインの宇宙~本の森羅万象」という講演会にも足を運んで下さっていたと、そういう事がわかりました。そういう人の依頼だったらご恩に報いる必要があって、断るわけにいきません。
私ではどうあがいても、オーソドックスなお話ができないとは思いますが、なんとか90分間、一生懸命お話させていただこうと思うので、どうか、まああんまり期待なさらないように、よろしくお願いいたします。
《本の構造、用語あれこれ》
天地、小口、ツカ、表紙、見返し、扉、奥付、帯(腰巻)、しおり、
本文(ほんもん)、ハード・カバー、ソフト・カバー
さて、ここでは、紙の本について限定してお話させていただきます。余裕があれば、CDブックなどについても触れますけれども、いわゆる「電子本」には触れることはないと思います。その前提でお聞きいただきたいと思います。
本というものは、多くは紙、まれにそうではないビニールとかにも、印刷されることもあると思いますが、多くは紙に印刷された文字なり、図版なりがあって、その印刷された紙を製本したもので構成しているという事ですね。『印刷事典』なんかを調べてみましたら、製本だけでも十数種類ぐらいあって、紙を折って裁断するその折り方にも十種類ぐらいあると。紙、インク、印刷方法、製本、どれをとっても、大変奥が深いプロフェッショナルな世界です。レジュメの右側に、本のパーツといいますか、構成要素についての図版をのせてありますから、ご覧いただけたらと思います。
《図書設計をめぐる表記あれこれ》
装丁、装幀、装釘、装訂、装本、
外装設計、造本、造本設計、ブック・デザイン・・・
それからあと本のデザイン、中国では図書設計というよう言葉で呼ぶことが多いようですが、日本のブック・デザイナーの職能団体は「日本図書設計家協会」という名称のようです。
その図書設計をさす用語もかなりありまして、「表記あれこれ」という事で書いておきましたが、「ソウテイ」という響きの言葉だけでも漢字が4種類あります(丁、幀、釘、訂)。「テイ」という字に「釘」を使うケース、最近はあまりありませんが、昔はこれだったみたいですね。私の知人なんかは、この「釘」という字と、それから、ごんべんの方の「訂」にこだわっていて、私も影響を受けています。この「ソウテイ」とか、その用字用語をめぐる議論は昔からたくさんあって、それだけでも色々論文があるようなので、興味のある方はお調べになったらよいと思います。
《印刷所での体験》
プロフェッショナルの仕事について
先程、印刷や本づくりの世界に触れて、プロフェッショナルな仕事という事をお話しましたが、一つエピソードを紹介させていただいて、その奥深さをご認識いただきたいと思います。
もう10年くらい前になるのですが、私の住んでいる北島町の町長が悪い事をして逮捕された。町長選挙をする事になって、当時、私は総務課の人間で、選挙管理委員会の方のお手伝いをしていました。今までは、統一地方選挙で、徳島県が投票用紙を配ってくれていたんですが、単独選挙という事になると、必然的に町で投票用紙の印刷発注をするわけです。そうなってきますと法律でですね、その印刷を発注した自治体の人間が印刷所に行って、ずっと立ち会えという決まりになっているわけです。要するに、投票用紙が不正に印刷されて、どっかに出回ると大変な事になるので、製版の時点から最後まで、納品の時点まで立ち会うというのが、しきたりなわけです。それで、私も初めて大きな印刷屋さんに行きました。徳島県下では、そういうのができる業者さんは一つだけのようですが、そこへ、選管の委員長さんと総務課長と私と3人が行ったんですね。
その時に色々びっくりしたのが、各部門にそれぞれのプロがおいでて、みなさん大変誇りを持って仕事をしておられる。印刷機の現場担当の人なんかだと、例えばこの部屋の端から端まであるぐらいの大きな機械、それは4色のものなので、それぞれのインクを入れるタンクみたいなものがあるんですが、すごく大きな機械をお一人がずっと愛情込めて管理しておられる。「これ、すごい大きな機械ですね」という話をしますと、ニコニコされて、「小さな家が一軒建つぐらいの金額がするんですよ」というようなお話をされてました。
私がこの日、一番ショックをうけた場面というのがあって、それはどういう事かといいますと、投票用紙というのは、非常に特殊な紙で作られていて、例えば投票所で投票箱に入れて、後、開封する時は自然に開くような、そういう特性を持った紙なんですが、元の紙は、やっぱり大きなA全とかB全とか、そういう用紙なわけです。それにたくさん刷って、後でそれを裁断してあの投票用紙の大きさにすると。
で、元紙を数える部門がありまして、そこにも立ち会ったんですがそこで私は、本当に腰を抜かす程びっくりしたんです。そこは女性の方が4、5人おいでて、できあがってきたものとか、まあ、用紙をとにかく数えるお仕事をされてる部門でありました。
そこで見ていてびっくりしたんですが、20歳ぐらいの女性の方が、最近入ったご年配の女性に色々お教えしていました。一辺が1メートルはある大きな紙なので、持って数えるわけにはいかないので平らな所に置いて、確か人差し指と親指で持って、もしかしたら薬指も使ったかもしれませんが、クイッとひねって5枚ずつサーッと数えていくんです。非常に手際が良かったです。見本をみせて、「あんたやってみ」という事でご年配の方がおやりになったのですが、どうしてもうまく持てない。なんかですね、どうも、持った時に多少ひねりを加えて、なんか微妙な力のポイントがあるみたいなんですよ。で、年配の方は、「難しいな、簡単そうやけどできんな」と首をかしげてましたら、その20歳くらいの女の子は「心配しなくてもいいですよ。私がこれをできるようになったのに、2年半かかりました」と、そういう事をおっしゃっていて、その場面を見てびっくりしたのです。自分ではこの仕事は務まらんなと、私は思いました。世の中には、いっぱい優れた人がいるんやなという事を改めて思いまして。
つまりそういう印刷物とかたくさん世の中にある本というのは、そのような無名のプロフェッショナル達の、たくさんの作業の積み重ねで送り出されているんだなあと、そういう事が、身をもって体験できました。
ですから、これから本に触れる時には、そういうふうに想像していただけたらと思います。
それでは、本題にはいります。「本をめぐる実験」という事で、このレジュメの順序に従ってお話させていただきます。じかに本をお見せしますので、もし見づらいようでしたら、前に来られた方がよいかも知れません。
《小口の実験》
『全宇宙誌』 杉浦康平氏の仕事
まず最初に、「小口の実験」ということで「小口をずらすと図版が浮かぶ本」をご紹介します。
これは『全宇宙誌』という本で、造本は杉浦康平さんで、今では伝説的な書物になっているようです。貴重な高い本なので自分でパラフィン紙をかけたのですが、これが「小口をずらすと図版が浮かぶ」。小口というのは、先程のレジュメの図版に示してあるこの部分ですね。これは、宇宙について書かれた宇宙論の論文集でして、この方向にずらすと星雲の図像が出てくる。で、反対にずらすと、また違う図版が浮かぶ。分かりますか。この本は静岡の平野雅彦さんという方のご提供です。
これが結局どういう原理でできてるかというと、各ページのはしっこに数ミリ幅の図版があって、これがほんの少しずつずらした形で貼りつけてある。だから小口に図版が浮かぶわけです。
これが70年代に作られておりますので、パソコンとかはない時代です。だから、このデザイン事務所の方、多分お弟子さん達が、殆ど泣きながら貼っていったんだろうと思うんですね。そのずらし方はおそらく、同じものをそのページ数だけ、版下というか図版を作って、それを微妙にずらす。ずらした所で垂直に裁断して、1枚ずつ順序よくはっていったとそういう事だろうと思います。
この前、先月上京する機会があって、杉浦事務所に寄って、そこのお弟子さん達と雑談してたんですが、「小西さんねえ、小口に図版を浮かばせるときには、紙の厚さの問題も出てきますよ」といわれました。どういう事かというと、本というのは、だいたい16ページ単位で作られますので、紙に印刷をして折りたたんで三方を切断し、そうして順序よく並べて製本すると1冊の本になるわけです。16ページという事なので、紙を折っていくと、一番内側の部分と外側の部分とで、微妙に紙の厚さ分だけ長さが違ってくるわけです。だから本当はその計算もする必要があるのだと。気が遠くなるような恐ろしい話なんですが。そういう事をおっしゃってました。杉浦事務所ご出身の、中国の方が本国に戻られて、最近そういうものを作ったという事で、そういう本もお見せいただきました。
『ぶっちんごまの女』 杉浦康平氏の仕事
あと、やはり杉浦さんのお仕事で、これは『ぶっちんごまの女』という本なんですが、これもまたちょっと変わった本で、こういうイラストがあって、で、このイラストの表紙をめくると見開き部分が同じイラスト。裏表紙の方もイラストが続くんですが、やはり、小口をずらすと繋がっていくわけですね。だから、円環構造になってるんですが、当然こっちへいくとまた繋がってると。よく見ますと、どうも元の絵はこれ1枚なんですね。どうしてるのかなと思ってよく見てると、こちらとこちらで反転していて、うまく繋げてたんですね。だから、うまくごまかしもあって、微妙にずらしたりして、ちょっと見にはわからないようなしかけができてました。これも、殆どまだパソコンなどがそんなには普及してない頃だと思うので、かなり苦労して版下を作られたんだろうと思います。元の文章量自体がですね、少なかったんだろうと思うんですが、それで絵を色々入れたりして、うまくこのページ数を出したんだろうなと思います。杉浦康平さんのデザインされた本を今日はけっこう紹介するんですが、この方はかなりこういう事をやられています。
《カバーの実験》
『同時代音楽』 第2号第2分冊 府川充男氏の仕事
それから、次に「カバーの実験」。カバーの裏側にも印刷を施してある本をまずご紹介します。これは雑誌なんですが、『同時代音楽』という雑誌が昔あって、世間の多くの方は全然ご存じないと思うんですが、その第2号第1分冊。これはカバーを余分に刷って、裏面をポスターにしていたのだそうです。これは、府川充男さんという方が編集長をされていて、このデザインは多分、羽良多平吉さんか誰かと組んでやられたんだろうと思うんですが、こういうものを作られてたんですね。この府川さんが、余白頁を作るのが嫌だという事で、全部のページに印刷が施されていると、いうような事をされていました。ただ、このカバーがですね、すごく材質が薄いもんですから、取り次ぎから書店店頭に並ぶ間に破れたりして、傷みやすかったんで、これは紙の質を考える時にちょっと失敗したなというような事をおっしゃってました。
この『同時代音楽』系列でちょっと変なものがあるのでついでにお見せしますけれども、これがですね、なんか銀色で、普及版と特装版というのを作った本で、これがペラペラですが普及版で、これは書店流通もしたはずなんですが、お金がないので中身はタイプで組んであると思います。ワープロとか普及してない頃の本なので。で、特装版というのは、中身は同じなんですが外側だけ、銀色のアルミホイルを使ったようなカバーです。豪華にしてあって、これを3000円で売ってたと思うんですけどね。で、これをやってた府川さんは私の知り合いの方なんで、これは頂いたものです。
『サッカー狂い』 大竹伸朗氏の仕事
それから、後、カバーの実験でもう1つ『サッカー狂い』という本があって、これは、音楽学者の細川周平さんという方がいて、この方が大変サッカーがお好きで、本自体はだいぶ前にでておりまして、初版が1989年の1月。多分、ワールドカップの時には増刷されてるはずですが、これもカバーの裏に選手の顔写真などが印刷されてます。オブジェとしてもすごくきれいなので、なんとなく手元にずっとおいておきたいなというようなつくりの本です。で、先程も学芸員の方と話してたんですが、大竹伸朗さんもサッカーをされてたようで、それで多分、のりにのって造本されたんではないかなと思います。
この本が非常に凝っていて、カバーをはずすとカラーでですね、原寸でボロボロになった本を表紙・背表紙・裏表紙に印刷してある。だから、遠くから見ると一瞬傷んでいるのかなと錯覚してしまうんですけど、これは全部印刷です。だから、本当に凝ったつくりになっていて、こちらの方は端っこには、シミが印刷されておりまして、この辺は製本のかがり糸がほつれて破れ目から糸が出ているような、そんな感じになっています。この本は、中のページの方にもユニークな仕掛けがあるんですが、後の「本文の実験」というところで、またお話させていただきます。
展覧会をご覧になった方はおわかりと思いますが、大竹伸朗さんはすごく本当に色々面白い事をやられていて、なんか、50万円位するような本も下(展覧会)に展示されてましたけど、CDとかソノシートとかが付録についていて、ちょっと手がでませんけど、凄いなあと思いました。
あと、それから、「カバーの実験」という事で、先月杉浦事務所に行って、「県立近代美術館でそういう話をするんや」という話をしたら、事務所の方が「そういえば、『講談社現代新書』でもうちもやった事があるよ」という事をきたので、古本屋さんへ行ってちょっと調べてきましたら、ありました。いっとき、『講談社現代新書』のカバーの裏面の方でも、印刷をするような事をした時期があって、それはもう、経費面の問題などから、今はやってないそうですが、こういう事もやっていたと。
杉浦康平さんは70年くらいからこのシリーズずっと手がけておられますから、去年の夏に杉浦事務所に行って少し打ち合わせでお伺いした時には、講談社の編集者の方が、来られていましたね。昨日この本を古本屋さんで買っていて、本屋のおやじさんにそういう話をしておりましたら、「ほなせっかくやから小西さんこれやるわ。」とか言って、これは、『こちら亀有公園前派出所』という新書判単行本のコミックスですけど、これにも裏側に印刷されてました。これは、古本屋さんからプレゼントされましたので、その人との約束に基づいてお見せしました。
《帯の実験》
『UWF革命』 府川充男氏の仕事
続いて「帯の実験」です。本には帯というのがありますね。新刊書には宣伝のために、帯というのがだいたいつけられています。店頭で手に取ったときに内容理解が深まるような文言が帯には書いてあります。腰巻ともいうようですね。
その帯の裏にも、印刷を施してある、これは、わりと珍しいケースです。これは、『UWF革命』というプロレスの本なんですが、こちらが帯の表で、裏面がこれですね。よく読むと、「帯制作後記」というのが書いてあるんです。こんなのは、前代未聞だと思うんですが、少し読んでみます。
「戦後といっても終戦時からはだいぶ経ってから書籍に帯をつける事が一般化した。帯の中にはまれに、裏面まで印刷したものもないではなかったが、出版社から示されたネームを訂装者が勝手に没にした上に、帯の制作後記までつけてしまったというのは、自慢じゃないが本書が初めてであろう。絶後とはいわないが、前代未聞、空前とは名乗らせていただく。」
とか、そういうやや悪のりしてデザイナーがやってるんですが。これをやったデザイナーは、この『同時代音楽』の編集者だった府川充男さんという方で、私はこの方と25年ぐらいのお付き合いがあるので、紹介させていただいたわけです。で、「追記」というのが書いてあって、
「そのうち写真のみで文字の一字もない帯、裏面しか印刷していない帯、全く印刷していない帯も作るぞ。期待しなさい。」
と書いてありまして、本当に悪のりのきわみなんですが、私はこの種の遊びが大好きなんです。最近、府川さんに「その他の帯は作ったのか。」ときいたら、「いや、あれは冗談なんで、もうこれしかやってない。」とそういう事をお話されてました。
最初に出版社から示されていたのは、帯の裏面のこれがそうだったらしいんですが、なんかちょっとダサイので、自分でもっといいのを作ってやったぜ、ということが真相のようですね。だから、帯の文章までデザイナーが変えてしまったという、なかなか痛快な事例です。
それで、CD(コンパクトディスク)にも帯がついてますが、CDの世界では帯の裏面へ印刷した事例は、そんなに珍しくはないようです。これは、ザ・タイガースというグループのCDなんですが、普通に、こういうふうにCDの場合ついてますけど、これは裏面に写真が入ってます。図版が入ってますね。このレア・アンド・モア・コレクションという珍しい音源ばっかり集めたシリーズが3枚あるんですが、このシリーズは全部こういう帯になっていました。後は、他にも、アンダーグラウンドなロック系のもので、裏面も印刷してあるのを見た事があります。
音楽分野に比べると本の方では帯の裏にも印刷してあるっていうのは非常に珍しいのではないかなあと思います。
《本文の実験1―造本的見地から》
『サッカー狂い』 大竹伸朗氏の仕事
それから、「本文の実験」に入らせていただききます。「本文(ホンブン)」と書いて「ホンモン」と読むのが、出版業界では正しいようです。で、先程触れた『サッカー狂い』。これはさっきも言いましたが、サッカーについて書かれた、細川周平さんのエッセイ集なんですが、全体がサッカーの試合をイメージしたつくりになっています。それで、サッカーについての書物なので、前半戦、ゲームの前半とか書いてあって、間にハーフタイムがあって、また、ゲームの後半というのがあるんですが。
サッカーというのはご承知のように、45分ずつですよね。だから、これを見てましたら、ここに注目して頂きたいんですが、これが、時計が動いていく。で、ハーフタイムがあって、後半戦でもまた時計が動くというような事をやって、作っている人達は本当に楽しかっただろうなと思います。この本は仕掛けがいっぱいあって、私は中身は今だに読んでないんですが、持ってるだけで楽しいから、ずっと大切においてあります。
世界幻想文学大系 杉浦康平氏の仕事
これは、国書刊行会から出された大きなシリーズで、全部で50何冊出た、《世界幻想文学大系》です。これも、先程ご紹介した杉浦康平さんの造本です。これはですね、箱なんですが、箱の外側にこういう用紙があって、考えようによったら、これはうんと大きくした帯を、ここにまくりつけているというふうに言えると思います。これもオブジェとして持っていると、心が躍るような本でして。これがですね、中のページを開けると、左右にトーテムポールのような図版がずーとあるんです。だから、この分ですね、ページを厚くして出版社が高い本を買わしてると言えない事もないんですね。全部、二色刷ですからね。でも、買い始めるとしょうがないんですけど、私は大学生の頃に毎月1冊買うのが、本当苦労だったんですが。で、こういうマーブルを使っていて、やっぱり非常に豪華なつくりの本です。
このシリーズは、紀田順一郎さんと荒俣宏さんが責任編集をされた。紀田先生はこの前3月
にここ(徳島県立近代美術館)へ来られてましたね。私は紀田先生にもこの本のことでお伺いした事があるんですが、この箱のですね、文字が白抜きになっています。この白抜きの文字の書体の事で、編集者が杉浦先生と国書刊行会という出版社の社長との板挟みになって、大変頭を抱えていたということでした。要するにそれだけ妥協のない、書体1つとってもおろそかにできない厳しい世界である、ということがご理解いただけると思います
《本文の実験2―小説における組版の実験》
山野浩一『渦巻』 SF小説
「本文の実験」で、今度は、小説における組版の世界についてお話させて頂きます。『宇宙塵(うちゅうじん)』、宇宙の塵と書いて『宇宙塵』というSF同人誌があります。この同人誌に発表されたSF作家・山野浩一さんの作品で、『渦巻』という小説があるんです。短いお話です。これはですね、ある日主人公の家のテーブルの上に、なんでか分かりませんが、直径三十センチぐらいの渦巻があったと。で、その渦巻にですね、最後は、その主人公も、それから家も周りの景色も、どんどんどんどん飲み込まれていくというそういうSF小説なんですが、その終わり部分は文字組が渦巻になって、ブラックホールみたいに飲み込まれていくと、そういう構成です。
非常に凝ってるんですが、いま『渦巻』が読める本は出版芸術社から出ている『宇宙塵傑作選』このアンソロジー自体は、平成9年のものなんで、97年。 わりと最近で、これもまだ手に入ると思いますが、これの実質編集をされた日下三蔵さんという方が、5月に徳島に来られていて、その方はSFとかミステリーの研究家なんですが、私がずっと古書店まわりとかのご案内をさせていただいたんですけど、先程の『渦巻』という小説の文字組みのことをどうやったんですかとかきいてみました。「いや、面倒だったので、初出の『宇宙塵』という同人誌の終わりの所をコピーして、適当に縮小かけてはりつけました」ということで「印刷屋さんは大変苦労してた」ともおっしゃっていました。「うまく文章が繋がらないといけないので、苦労してましたね」と。
この『渦巻』という作品が、本に収録されたのは、全部で4回あるんです。この講演を引き受けたんで、ちょっと調べてみました。そしたら、先程言いました初出の同人雑誌、それから、早川書房から早川のポケットミステリーというのを出してるんですが、それのSFシリーズもあって、細長い新書と同じサイズのちょっとおしゃれなものなんですが、その中で、そのシリーズで、『鳥は今どこを飛ぶか』というそういう短編集が出たことがあって、それでも1回出てる。で、その後、早川のSF文庫の方でも収録された事がある。
で、日下さんにもきいてみたら、早川版も2種類とも全部同じものを使っている。結局、皆考える事同じで、面倒だから初出のものを切って貼ったということのようです。
その『宇宙塵』の編集発行人は柴野拓美さんという方なんですが、この方にもおととい電話でこの件についてお話をきいてみました。柴野さんがおっしゃるには、初出当時の『宇宙塵』は、タイプ・オフセット刷りの印刷なので、当然文字はタイプ打ちですね。タイプは、ひらがなと漢字の大きさが微妙に違うと。同じポイント数であっても、漢字は枠いっぱいといいますか、もとが大きくつくられていて、ひらがなはやや小さめにつくられているとか、そういう事があるようなので、『渦巻』で文字が小さくなっていくのは、色々切り張りに苦労した記憶があるなあと、そういうことでございました。ただ、柴野さん自体は、この本の文字組みの切り貼りを自分でやった記憶はないんだという事でして、ひょっとしたらその作者が―山野浩一さんという作家の方が―貼って切って送ってきたのかなというようなことも、ちらっとおっしゃるんですね。それで私は、その山野さんの電話番号もおききして、おととい電話をして確認致しました。
山野さんがおっしゃるには、「自分は貼ったりしてない」と。そういう面倒はしないということで、多分真面目な印刷屋さんが『宇宙塵』にはついておられて、そこの印刷屋さんの職人さんがやったん違いますか、ということでありました。だからまあ、おととい私は、この講演の準備のために3人の方に電話をかけて、色々大変苦労致しました。もちろんそれは誠にワクワクするような楽しい貴重な苦労でした。
広瀬正の諸作品 SF小説
それから次は、広瀬正さんという方の小説をご紹介します。この方はSF作家です。
広瀬さんは48歳でお亡くなりになっておられまして、直木賞候補に確か2回連続でなったことがあるんですが、さあこれからという時に、1972年の3月、東京の赤坂の路上で心臓発作で倒れて、他界された。48歳でですね。この広瀬さんという方は、徹底的に時間SFテーマといいますかタイム・パラドックスといいますか、例えば過去に遡って親の親を殺したら今いる自分はどうなるんだろうかという、そのテのことを徹底的に色んな角度から考察した、日本では多分一番深く研究されたような方で、作品にもタイムマシンものがたくさんあるんですが、その方の短編集で、『タイムマシンの作り方』というのがあって、この人の本がですね、色々な文字組みの実験をされてるんです。
この、『ザ・タイムマシン』というお話は、途中から2段になって、物語が2種類進行する。どういうことかというと、タイムマシン関係の発明をした博士がいて、彼がその発明について講演をするのですが、その会場にですね、博士が2人現れる。で、どうもその、なんか研究をしていて、並行宇宙といいますかパラレル・ワールドとかいうのが出てくるんですが、微妙にずれた世界が他の宇宙にあって、そこにもう一人自分と同じ人間がいて、結局講演会場に博士が2人登場してしまった。しょうがないから会場を2つにしきって、それぞれが講演をしているというその内容が上と下で書かれています。そういう仕掛けのある小説です。これはもう、ストーリー的な必然性があって、こういう文字組みをしているようです。
それからもう一つ、この短編集にはやはり、2段組みにしているものがあって、これは『「二重人格』という小説で、これもですね、主人公が片方の人物になっている時は別の片方の記憶がなくなっているような主人公だったと思うんですが、これも2人最後に出てくるんですかねえ。で、まあ、別々の話が最後に進行していくという。で、おちは別々になるんですけど。そういう事で二段組みになっています。
それとですね、『うまくいったらおなぐさみ』という小説があって、これは1ページだけの超短編です。これはですね、タイムマシンで過去に行く実験をしてる研究者が、その実験に成功したという、そういうお話なんですが、その過去というのが凄く最近、数分前というような過去でしかも時間が逆転して流れる情景を体験するという物語で、円環構造になっています。お話の内容とタイポグラフィが密接に呼応している、つまり物語の展開と文字の組版が最後と最初がくっついた構造でぐるぐる回っている。「うまくいったらおなぐさみ」という言葉をテープを逆回転させた場合の発音「いますがのあらっちうかむ」とかいう言葉が書かれています。作品タイトルは、ローマ字表記では「umakuittaraonagusami」となりまして、こちらから読むとそのさっき言った、「いますがの………」っていうのになるわけです。こう回ってきて、こう読むと「うまくいったらおなぐさみ」にこの表題の部分がなるんですが、これもタイムマシン関係の事で、必然的にこういう書き方になったみたいです。
これは多分ですね、こういう書き方は、フレドリック・ブラウンという、後でお見せしますが、そのアメリカの作家がやはりそういうのを書いていて、それのオマージュとして広瀬さんが書かれたのではないかと、そういうふうに言ってる研究者がいます。
広瀬さんという方は、皆から前途を期待されていた時に亡くなったので、お通夜の時にはSF作家達が集まって、棺には「タイムマシン搭乗者広瀬正」という紙が貼られたのだそうです。
「通夜の晩故人の棺には、<タイムマシン搭乗者 広瀬正>という紙が貼られていた。確かに広瀬は、白昼の東京の街角で、やっと念願のタイムマシンを見つけたのかもしれなかった」
というような、非常に愛情込めた文章を石川喬司さんという、これは、当時毎日新聞の記者で、SF作家だった方が書かれていました。
この『タイムマシンの作り方』には、解説を筒井康隆さんが書かれてるんですが、筒井さんも、ものすごく思い入れを込めた真面目な文章で追悼しておられます。「多くの仕事をやり残して世を去った、広瀬正の無念さ以上に、我々の広瀬正を惜しむ気持ちは大きい。が、ともあれここに、『広瀬正全集』は完結した。広瀬正の霊よ、今こそ安らかに。今こそ安らかに。」という事で、「今こそ安らかに」という言葉を2回も繰り返している。かなり思い入れを込めていたんだなあという事がよくわかります。
この辺のものはですね、ブック・オフとかを3か月ぐらいかけて、5件ぐらいの店をぐるぐるぐるぐる毎日毎日回っていたら、100円コーナーで手に入ります。必ず。
都筑道夫『蝿』
それから、推理小説からSFまで大変幅広い作品をお書きになっている、都筑道夫さんという方がいて、その方もいろんなちょっと面白いタイポグラフィの実験をされてる方です。
『蝿』という作品があって、これも短編なんですが、蝿男という人間がいて、彼はビルの壁面をよじ登っていく、そんな大道芸人みたいな事をやって生活をしている人なんですが、その人がビルをよじ登っていく所の描写。これです。
で、「壁の窪みにその手がかかる。その上の石へもう一本の手をグイッとのばす。」とかいう感じで、文字を通じて少しずつ人間が上がって行くのを表している。この文字数もちゃんと計算してあって、斜めにうまくちゃんと繋がっていくようにしてあるわけですね。それで最後にですね、そのビルを登っている最中にちょっと失敗してぐらぐらとなってしまうところがあるんですが、そこは、こういう文字組みで、これは、まっすぐ読んでいくんではなくて、ジグザグに読むように文字が組まれています。「まっすぐなはずの石の継ぎ目が、ジグザグゆらゆらジグザグゆらゆらゆがんで見える。」とかいうような事で、ちゃんと文字組みによってそういう情景を描写しているようです。
現代詩の世界なんかであると、雪がしんしん降りましたというので、「しんしん」という活字を色々ちりばめてやってる、そういうものは結構あるようですが、ミステリーとかSFの世界では純文学以上に面白いといいますか、文字組みの実験をやってるのがあるみたいです。
都筑道夫『猫の舌に釘を打て』
それから、『猫の舌に釘を打て』という作品が都筑さんにはあって、これも非常に凝った本で、これも、書物をオブジェとしているような作品集です。犯人がツカ見本、ツカ見本というのは、中に何も印刷してなくて、出版社がデザイナーに渡すためにですね、この厚さですよ、というのを示すために作ったりする、ツカ見本というのがあるんですが、そのツカ見本に、犯人が手記を書いてる、というそういう設定の推理小説なんです。それで、この小説がですね、余白ページがかなりあるんです。これは本当は、元の単行本は、十何ページ続くのだそうです。この文庫本はそこまでいってませんけど。で、その余白ページも必然性があって、作品のトリックになっているわけです。さらにその余白の後は、こういう風に数行レベルで、ノド部分に文字が集中して、両サイドは余白が多くなってると、そういう構造です。この文字組みもちゃんと小説としての理由・必然性があるのです。
この件もこの前、日下三蔵さんが来られた時にお話をきいたら、最初の単行本の時はこの余白にですね、ノンブル、ページの表記ですね、数字の表記すらなかったと。それで出版社には、いっぱい返本が来たそうです。要するに、乱丁とか落丁とかいうので、これ印刷できてない本でだめやないかというようなことで。で、増刷分からはさすがに、ページの表記を入れるようになったんだというふうにお聞きしました。その初版本は、すごく高いという噂を聞いたことがあります。都築さんはかなりこういう実験をされています。
それと最近だったら、これもですね、この講演会のために私、本屋さんで見つけたので買ったんですが、映画の本のノベライズ本なんですが、これもですね、ここの左下の隅をご覧いただきたいのですが、小さな図版がありましてずっとめくっていくと、どんどんその形が変わっていくわけですね。ただこれはですね、コンピュータで処理しているので、あまり値打ちがないような気がしますね。割とお手軽に作ったなあという感じがして、そんなに深く考えずにやったんではないかあ、という気がしました。
結構その、いろんなパラパラ漫画みたいなものも、いろんな所でやられているみたいです。
《穴を開けた本》
『人間人形時代』 杉浦康平氏の仕事
では次に穴を開けた本ということで、この下の2階でやってる展覧会でも、一番最後の方に関連図書ということで展示されていますが、稲垣足穂さんの『人間人形時代』という本で、この造本も先程お話しした杉浦康平先生によるものです。この本の表紙のちょうど中心部分から、裏表紙にかけて直径7ミリのが穴があいているわけです。ここに穴があいている訳ですね。
で、なぜ本に穴があいているのかというと、稲垣足穂さんという方は、人間というのは、口から物を食べてそれから排泄をすると。それによってずっと生命活動をしている存在なので、一つの管という器官にすぎないのではないか。と、そういうことをおっしゃったんだそうです。それでじゃあ本に穴をあけようということになったようで、これもさっきの『全宇宙誌』の出版社の工作舎から出ているんです。これは最近再版されたみたいです。ただ印刷所は変わっているようです。ようするにこれも多分手作業で、穴をあけたりして、失敗しても困るし、そういう事情もあるんだと思います。この本の中にもページをめくると図版が動く、この図版が動くんですね。反対側でやっても動く。ほんとに杉浦さんは色んなことをやっておられます。
《仕掛け絵本・飛び出す絵本・布の本》
それから後、仕掛け絵本とか飛び出す絵本、布の本ということで、子どもの本というのは、これ全部うちの図書館で司書の方にですね、今度美術館で講演するからなんか面白い仕掛けがあるような本をちょっと選んでほしいということを言いましたら、いっぱい選んでくれましたので持参しました。
これは布でできた本で、なんかえらくこの種の本は子どもさんに人気があるんですよ。なんせ赤ちゃんとか小さいお子さんが、肌触りがスベスベして気持ちがいいとか、噛んでも大丈夫であるとかですね、そういうことで本の素材としての質感・触感からの人気ということがいえるでしょうか。この本の裏側には「舐めても安全な素材を使用しています、水で洗えます、多少色落ちすることはあります」、とかそんなことまで書いてあって、うちの図書館でも汚れたら洗わんとあかんのかなあ、とか言ってるんですけれども。
それから、頁を開けるとそこに貼り付けたものが飛び出す仕掛けの絵本。これは皆さんよくご存じだと思うんですが、こういうものはいっぱいあります。それはもう図書館のものはボロボロになります。これは本を開けると、中の絵や造形物が立体的に飛び出す構造なんですが。あとですね、これは楽しく学ぶ色という本ですが、これは、こういうのをめくる。そして後はこれは靴ひもがついてたりして。子どもの本は本当にいっぱいあります。
これはですね、『きれいにゴシゴシ』という、歯磨きとか、お風呂に入るだとか、手洗いを推奨するための本だと思うんですが、こうやってすると手を洗ってる、手をすりあわせてるんですね。これはこう動かすと歯ブラシを動かしてるとか、こう開けると顔を洗ってるんですね。これは体をすってる。後でまたご覧になって頂きたいと思います。
また、これはアコーディオン式といいますか、蛇腹式になっていて、ずっと繋がっていて、裏の方もこういう風になっている。
それから、眼の不自由な方のための本には、点字がついていて立体的といいますか、レリーフ状に本自体がなっています。
子どもさん向けの本を駆け足で紹介させていただきましたが、図書館の立場からいうと本が破損しては困るのですが、子どもさんは夢中でその本で遊ばれるので、必ず何日かするとボロボロになってしまいます。この辺に置いておきますので後でさわっていただいて結構です。
《その他・CDブック等》
この関連でお話ししますと、CDのボックス・セットというがあって、4枚組で8,000円から10,000円ぐらいしてると思いますが、最近、そのボックス・セットが本の形式に近づいているわけです。ここに参考例を持参しましたが、表紙の裏側部分・表2と裏表紙の裏側部分・表3の部分に2枚ずつCDがデジパック仕様でくっついている。その間に解説資料が数十頁製本されているので、だんだん本に近づいていて、境界領域がなくなってきつつあるなあと思います。
それから、CDブックはいっぱい出ておりますけど、これは遠藤ミチロウさんの『全歌詞集』ですが、本の後ろにCDがついている。CDブックは安い感じがしますね。普通のCDだと、3,000円ぐらいなんですが、この本だと、CDもついて2,800円なので価格面でお得な感じがすると思います。
《終わりに―なぜ本を作るのか》
今日私が用意したものについての話は、このへんで終わりますが、最後に「なぜ本を作るのか」と言うことをお話しさせていただききます。それはもちろん仕掛けをするために作るわけではなくて、そういうのとは違う、根源的なエピソードのことです。
私が書いた文章とかをお読みの方は、色んな所で書いてきたので、ご存じの方もいるかと思いますが、1970年代に『廣文庫(コウブンコ)』という日本の古い百科全書を復刻するという動きがあって、このエピソードを紀田順一郎先生が紹介されたことがあるんです。そのエピソードは極めて感動的なので少し紹介致します。
『廣文庫』というのは、明治・大正・昭和にかけて国語学者の物集高見(もずめたかみ)、という方が30年以上かけて個人の力で、ものすごい百科全書を作るんですね。借金に借金を重ねて最後は家の布団まで借金取りが抵当に押さえに来たとか、物凄く苦労して本を作ります。最後は奇特なスポンサーが現れて刊行にこぎつけたという、人生をかけた出版事業だったわけです。
1万セットぐらい売った時点で、昭和12年頃にやがて戦時色が強くなってそれが絶版になるわけです。その物集高見さんの息子さんの物集高量(もずめたかかず)という方がおいでるんですが、その方も出版・販売のお手伝いをされたそうです。高見さんはもう亡くなってしまいますが、物集高量という方については戦後のある時期までは知っている人もいたわけです。
1970年代半ば頃に名著普及会という新興の出版社の部長さんがですね、その『廣文庫』というのを復刻したいなあ、というふうに思いつくわけです。ただその物集高量さんという息子さんが生きていても、もう90歳を超えているので、これはまず可能性は低いと。でも電話帳で調べてみようということで調べてみると、なんと載っていたと。で、そこで電話をかけるんです。そうしたら弱々しいお年寄りの声がして「物集でございます」というようなことで、それで出版社の社長と部長が会いにとんでいくわけです。
そのとき物集高量さんという方は、生活保護を受けて1人暮らしで、大変貧乏のどん底だったんですが「あなたがお父さんと作った『廣文庫』を、私たちの手で復刻したい」という話しをしますと、物集さんが「およしなさい。あなたの会社がつぶれますよ。ご覧なさい、うちもこうなった」と言って、そう実状を示します。でも出版社の社長は「いや、あれはよい本なので、自分は売ってみせる。何とかやらせてくれ」と食いさがるんですね。で、その時に物集さんが「自分は最近の世の中のことに大変疎くなっております。ちなみに教えて欲しいのですが、あなたの会社と講談社とではどちらが大きいのですか?」そういうのを名著普及会の社長さんに聞くわけです。
社長はですね、「たしかに規模から言うと講談社が大きい。しかし精神ではうちがはるかに大きい」といって大見得を切って、その復刻企画が実現します。そして大ヒットした。
世間の人は死んだと思っていた物集さんが生きていたということを知って、ショックを受けて、物集さんに対する学者とか文化人の支援組織ができた。物集さんの人生は、ご苦労が多かったんですが、最後の最後にスポットがあてられて、最終的に106歳で大往生を遂げられるわけです。これはその復刻企画がその人の人生に光を与えたという、非常に希有な美しい例なんですが。
そういう出版人の心意気が端的に表されているということで、紀田順一郎先生が『古書街を歩く』という本の中で紹介をされていて、私は福武文庫で前に手に入れて読んで、物凄く感動したんですね。それで北島町で紀田順一郎先生の講演会をするときに「先生この話をして欲しいんですよ」ということで、お願いして、先生にやっていただきいたことがありました。紀田先生にはそれ以来可愛がっていただいています。
多分本を作るということに関しては、この辺に、ある種の本質的なものとか、心意気といいますか、核心部分があるのではないかと、私はそう考えております。
私の話は以上で終わりますが、下の美術館の方にみんなでいって現地解散にしたいと思います。私が今日用意した本は、この机に並べてあるので、手にとってご覧いただいても結構です
はなはだとりとめのない内容になりましたが、私の話は以上で終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(文責=小西昌幸)
*この講演内容は、「創世ホール通信No.91」(2002年8月1日発行)の文化ジャーナル欄にも要旨が掲載されています。
|