コレクション+αで楽しむシリーズは徳島県立近代美術館の所蔵作品を中心にして、そこにひと工夫加え、幅広い視点で美術を楽しもうという展覧会です。

今回のテーマはピカソの版画。当館では、ピカソの作品を、版画を中心にして26点収蔵しています。そして、そのほとんどが、何らかのかたちで人間をテーマにした作品です。この展覧会では、当館の所蔵作品に、他館から借用した作品を加えて、ピカソの描いたさまざまな人間の姿をご紹介いたします。展示のコーナー順にご案内しましょう。



幼い頃から絵描きの才能を発揮していた天才少年ピカソが、スペインから初めてパリにやってきたのは1900年、19歳でした。はじめフランス語もろくにしゃべれなかった青年は、やがてパリのモンマルトルにある、粗末なぼろアパート「洗濯船」に住み着きます。1904年のことです。

ここで、ピカソは絵描きや詩人志望の芸術家の卵たちと交流しながら、制作を進めていきました。銅版画の<貧しき食事>はちょうどこの頃の作品です。使用済みの亜鉛版を再利用して制作されたこのエッチングは、ピカソが本格的に版画に取り組んだ最初の作品です。やせこけた盲目の男と彼によりそう女の前には、ワインの瓶と一切れのパン。お皿は空っぽ。ピカソは、パリに定住する数年前から、貧困のなかで社会の底辺に生きている人々を描いた多くの作品を残しています。青を基調にして憂いと虚無感に満ちたこの時期の作品は「青の時代」と呼ばれていますが、この白黒の版画にもその特徴が現れています。

その後、1906年頃からは、後にキュビスムと呼ばれるようになる造形上の実験を始めました。ものの形を幾何学的な形態やこまかい断片に分解し、それらをふたたび組み合わせていくその描き方は、平面の上に立体的に見せかけてきた、これまでの遠近法に代表されるような方法を乗り越える革新的なものでした。<レオニー嬢>もそんな作品の一つです。そこに表された人物は、まるでロボットのようです。油絵の場合、キュビスムは細かい「面」を主体にした表現ですが、銅版画、とくにエッチングやドライポイントのような技法は、もともと「線」を主体にした技法であることから、この版画には油絵のキュビスムとはまた違った繊細さを感じさせます。



1917年、36歳のピカソは、当時その前衛的な舞台でヨーロッパ中を席巻していたロシア・バレエ団の出し物「パラード」の舞台装飾や衣装などの美術を担当するように依頼を受けます。そして、そのために、そのバレエ団が滞在していたローマへと赴きました。そこで古代ローマの遺跡や彫像、あるいはミケランジェロやラファエロの作品に触れて、ピカソの作風は変化し、<三人の女III>に見られるように、精緻で古典的な画面となります。

<メタモルフォーズ>は、古代ローマの詩人オウィディウスの書いた『変身物語』に寄せた銅版画による一連の挿絵です。なめらかな線描で、古代の優雅で伸びやかな世界を描き出しています。この作品は1930年代初頭のものです。この頃、ピカソはこのような古典的な作品を描く一方で、実はすでに1920年代半ばから、新しい作風へも挑戦していました。この挿絵の連作のテーマが「変身、変容」であるということは、そんなピカソ自身の作風の変化と符合するものがあるのかもしれません。


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