徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
書きものをする娘
1957年
油彩 キャンバス
100.0×72.7
1957年
油彩 キャンバス
100.0×72.7
大沢昌助 (1903-97)
生地:東京都
生地:東京都
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大沢昌助書きものをする娘
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所蔵作品選1995
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大沢昌助 「書きものをする娘」
吉原美惠子
少女が書きものをしています。テーブルの上に大きな白い紙を広げ、右手にえんぴつを持ち、左手をかたく握りしめて、一心に何かを書きつけています。私たちにはその少女の横顔しか示されていません。いえ、それどころか、顔の輪郭、鼻、唇さえ画面には描かれていないのです。けれども、その表情を読みとることはできないでしょうか。例えば、少女が両の腕で抱えこんでいる面に、私たちは量感を感じることができます。その空間は、かっちりとした形になってはいませんが、ふくらみを右腕の柔らかな曲線で抱え込まれるように強調され、少女の胸の内にある、あふれるような思いで満たされています。その思いの中に少女の表情ははっきりと像を結ぶのです。唯一描かれている少女の目からは、その視線が紙上にのみ注がれていることが分かります。ひたむきに書きものをする娘の唇が、美しく結ばれていることくらいだれもが承知していることです。ですから、そのようなじょう舌な線を作家はあえて描かないのかもしれません。
また、テーブルの横木に掛けている愛らしい両足、とりわけ左の足がほんの少しリズムをとっているかのように見えるのは、見るものを楽しい気分にさせます。書きつけるのがもどかしいほどの心踊る瞬間に、少女は夢中なのです。画面全体をおおうやさしい色調が少女のあどけない雰囲気を醸し、その色面と単純な構図による表現が効果を上げています。線や面、つまり形のもつ力を作家は信じていたのでしょう。
この「書きものをする娘」は、1957年(昭和32年)に制作されたものです。ナイーブなこの作家は、制作における気持ちの高まりに浮き沈みが多く、この作品を制作した年は、比較的気分が上向きのころであったといいます。何といっても戦争中は、挿絵のような絵ばかりを描き、何となく自分でもそんな絵が身についてきたようだと語ってもいたのですから。しかしここでは、画面に情感を込めつつ、童画のような表現から一度伸びやかに抜け出していることがうかがえます。
大沢昌助は今秋、満90歳を迎えます。その60余年にわたる作家としての歩みは変化に富み、常に新しい表現に挑んできたことが知られます。試行錯誤の後、何かを吹っ切り、また新しい表現を模索してふつふつと考え込む、ということの繰り返しだったのでしょう。この作品は10月17日まで所蔵作品展93-IIで展覧しています。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈9〉
1993年8月27日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子
1993年8月27日
徳島県立近代美術館 吉原美惠子