徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
UNTITLED 2
1987年
アクリル系パテ、その他
122.9×118.4
井原康雄 (1932-)
生地:大阪府
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井原康雄UNTITLED 2
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所蔵作品選1995 徳島新聞連載1990-91

井原康雄 「UNTITLED 2」

竹内利夫

 ハリウッドのスター女優マリリン・モンローは、いまや20世紀の伝説的な人物である。この写真と同じか、同じでなくとも似たような彼女の表情を、人々はマリリン像として胸に刻んできた。
 そのような、なじみ深い肖像を取り上げていながら、この作品はどこかおぼろ気で、はかない雰囲気を漂わせている。いつしか忘れ去られていくスターの運命を描こうとでもしたのか。作者の伊原は板状のパテに写真を転写してこの作品を作った。硬化した表面にはボロボロにひびが入っていて、崩れそうな気配すら感じられる。
 これが昔ながらの意味でいう肖像画だとしたら、描かれたモデルには気の毒な話である。生きていた時の姿が跡形もなくなってしまうことのないように、人は肖像画を描いてもらうのだから。
 しかし現代の肖像は、必ずしも絵描きが生み出すとは限らない。私たちは映画やテレビや雑誌で何度も目にすることによって、スターのある一瞬の表情を偶像化していく。それは実体のないイメージであって、見る経験の繰り返しによってのみ命を持続できる肖像である。20世紀に生きる私たちは、膨大な量の印刷物やフィルムや電波を消費することによって、記憶の中の肖像を再生し、生き長らえさせる。
 そうした使い捨てのはずの1コマを、井原はふとすくいあげ、まるで命あるものが朽ちていくかのように仕上げて見せた。今にも消えそうな一つのマリリン像がここにある。作品の前に立った人は、ゆっくりと苦労して思い描こうとするだろう。幾たびも使い捨て、しかし鮮明に覚えていたはずの、あの笑顔を。
毎日新聞 (四国のびじゅつ館)70
1997年1月11日
徳島県立近代美術館 竹内利夫