徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説

1957年
樹脂 鉄
90.0×60.0×40.0
村岡三郎 (1928-)
生地:大阪府
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村岡三郎
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所蔵作品選1995 徳島新聞 美術へのいざない

村岡三郎 「背」

安達一樹

 この作品は、彫刻家村岡三郎の自刻像です。ところが顔がありません。背中しかないのです。前側もがらんどうです。背中だけの自刻像とは奇異な感じを受けます。また、この作品は1957年に制作されましたが、そのまま手元に置かれ、発表されたのはそれから十年近く過ぎた66年でした。きらに、作品は壁に向けて置くように、壁の近くに置けない場合は鉄板を敷くことにより空間を限定するように指示されています。このように、この作品は実に不思議なものです。しかし、ここには村岡の特質が凝縮されています。村岡は「物質、関係」を主眼に作品を展開しています。それは、観念を物質的な体験に置き換えていくという方法で表現されています。第3回現代日本彫刻展に出品された〈自重〉では、重力が、地表に落とされ自身の重さでつぶれている巨大で重そうな袋という形で、樹脂を使って表現されました。
 ところで、この〈背〉はどうなのでしょうか。ここには社会と人問の関係があります。これは社会に背を向けた姿です。60年の日米新安保条約締結を前にした社会状況を背景に、どうしようもないやりきれなさを抱えながら、どこまで耐えきれるか、社会への抵抗の姿勢を閉じ込もる形で示したものです。またカフカの『変身』のイメージもあり、これは樹脂製の甲虫であり鎧でもあるわけです。背中に埋め込まれた鉄の板は、割れつつある背中を繋ぎ留め、また武士が額の保護に使った鉄板の役割も担っています。やれるものならやってみろという姿勢です。しかしここで忘れてはならないことは、中はがらんどうだということです。外見上充実した姿勢をとりながら中には救いようのない空白がある、これは、〈自重〉も中は空であり、また近年の作品によく使われている酸素ポンベでも中身のガスを抜き取られ闇を抱えているという驚くべき継続性をもって生き続けています。
 このように〈背〉はひとつの原点ともいえる全く私的な作品で、村岡自身「この作品は、当時の自刻像であり、現在の自刻像でもある」と語っています。
徳島県立近代美術館ニュース No.6 1993.6 所蔵作品紹介1
1993年6月30日
徳島県立近代美術館 安達一樹