徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
背
1957年
樹脂 鉄
90.0×60.0×40.0
1957年
樹脂 鉄
90.0×60.0×40.0
村岡三郎 (1928-)
生地:大阪府
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村岡三郎背
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所蔵作品選1995
村岡三郎 「背」
安達一樹
この作品は、所蔵作品展94-IIで十六日まで、県立近代美術館に展示されます。展示室一で開催中の「彫刻との対話」の一環として、展示室二での一点展示です。さて、皆さんは自刻像という言葉をご存じでしょうか。自画像なら聞いたことがあるでしょう。画家が自分で描いた自分の肖像画のことです。自刻像も同じ考え方で、彫刻家が自分で作った自分の肖像彫刻のことです。この「背」という作品は、彫刻家村岡三郎の自刻像です。
ところが、この作品には顔がありません。背中しかないのです。その前側もありません。がらんどうです。実に奇妙な背中だけの肖像です。
また、この作品は一九五七年に制作されましたが、そのまま作家の手元に置かれ十年近く過ぎた六六年に発表されています。さらに、作品は壁に向けて置くように、壁の近くに置けない場合は鉄板を敷くことにより空間を限定するようにとの展示上の指示があります。このように、この作品は実に不思議なものです。
村岡は「物質、関係」を主眼に作品を展開しています。それは、観念を物質的な体験に置き換えていくという方法で表現されています。例えば、一九六九年の第三回現代日本彫刻展に出品され大賞を受賞した作品「自重」では、「重力」というものが、地表に置かれて自分自身の重さでつぶれている巨大で重そうな袋という形で表現されました。
ところで、この「背」はどうなのでしょうか。ここには社会と人間の関係があります。これは社会に背を向けた姿です。六十年の日米新安保条約締結を前にして騒然とした社会状況を背景に、どうしようもないやりきれなさを抱えながら、耐えている一人の人間の姿です。社会と対時(たいじ)する、社会に対する「非和」の姿勢を個人の籠城(ろうじょう)という形で示したものです。加えて、ここにはカフカの「変身」のイメージもあります。これは樹脂製の鎧(よろい)であり甲虫の背でもあるわけです。背中に埋め込まれた鉄の板は、武士が額の保護に使った鉄板の役割も担っています。やれるものならやってみろという姿勢です。一方、割れつつある殻をしっかりとつなぎ留めてもいます。
しかしここで忘れてはならないことは、中が空だということです。外見上は充実した姿勢をとりながら、実は中には全くの空白があるという点です。この空白に村岡の特質が凝縮されています。村岡自身「この作品は、当時の自刻像であり、現在の自刻像でもある」と語っています。村岡にとって、ひとつの原点ともいえる作品です。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈45〉
1994年10月4日
徳島県立近代美術館 安達一樹
1994年10月4日
徳島県立近代美術館 安達一樹