徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
熱血漢
1955年
油彩 キャンバス
65.0×50.5
1955年
油彩 キャンバス
65.0×50.5
ジャン・デュビュッフェ (1901-85)
生地:フランス
生地:フランス
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デュビュッフェ熱血漢
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所蔵作品選1995
徳島新聞連載1990-91
ジャン・デュビュッフェ 「熱血漢」
竹内利夫
これが当館の人気作品だというと不思議に思われるだろうか。先だっての来館者アンケートでは、ピカソよりもダリよりも、このデュビュッフェの作品が人気を集めていた。しかと帽子をかぶり、まなこを見開いて胸元へ手をやる様子は、確かにどことなくユーモラスだ。しかしさらに印象的なのは、この絵が子供の描いたように見える点ではないか。
この絵をデュビュッフェ(1901-85)が描いたのは53歳の時である。少年の頃から絵に興味を持ちながらも、家業のワイン卸商に専念したり、絵に没頭したりという生活が繰り返された。本格的な制作は40歳を過ぎてから始まる。
1944年の初個展以降、彼が発表していった作品は、激しい、あるいは汚れた色彩によって、また石こうやパテを厚塗りしそれを引っかいたり、石やガラスなどを張り付けたりして作られた、落書きのような絵画であった。芸術の伝統を挑発するその姿勢は、論議と称賛を巻き起こす。
彼は、子供や知的障害者の表現が時として発揮する、「文化的」な趣味を打ち破る生命力に惹かれ、それをアール・ブリュット(生の芸術)と名付けた。そして自らも生の芸術たらんと進む道を定めるのである。
その活動は、戦後のヨーロッパ美術を方向づけた「アンフォルメル」(非定形芸術)の動向に影響を与えた。既存の価値観と訣別し、より自由な個人のリアリティを求めた大きな美術の潮流である。
一見無垢に見えて、彼の作風は明快な意図を伴った、既製の美術観への挑戦だった。このユーモラスな熱血漢にしても、実物をよく見つめていると、石膏状の絵具を傷つけ、削った、激しい画肌の探求の跡が伝わってくる。かといって難しい深刻さはなく、むしろ明るい熱気を感じさせる。
毎日新聞 (四国のびじゅつ館) 学芸員が選ぶ17
1995年10月21日
徳島県立近代美術館 竹内利夫
1995年10月21日
徳島県立近代美術館 竹内利夫