徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
美しい自転車乗り
1944年
油彩 キャンバス
112.0×127.0
フェルナン・レジェ (1881-1955)
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レジェ美しい自転車乗り
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フェルナン・レジェ 「美しい自転車乗り」

友井伸一

 20世紀の初頭は、フォーヴィスム、キュビスム、抽象、シュルレアリスムなどの革新的な美術の動きが次々と生まれた時期です。フェルナン・レジェ(1881-1955年 フランス生まれ)も、それを担った1人です。彼が当初影響を受けたのはセザンヌであり、次に同年代のピカソらが創始したキュビスムでした。そして、1914~17年の第一次世界大戦への従軍が、彼にとって大きな転機となります。熱い太陽を照り返して光る銃身や、むき出しの金属が放つ輝きに強い刺激を受け、除隊後は機械のイメージを取り入れた独自の作風を展開していきます。
 ピカソの〈ゲルニカ〉が話題をさらった1937年パリ万国博覧会。テーマは「現代生活に応用された芸術とテクノロジー」。建築やデザインにおいて、鉄、コンクリート、プラスチック、ガラスなどの新しい素材を使って機能と美を追求する近代主義(モダニスム)の動きが喧伝されたこの大祭典で、レジェもまた発明館の〈動力の伝達〉、教育館の〈労働〉など計5つのパヴィリオンの壁画を手がけ、水力発電所や高圧電線、タービンなどを幾何学的な構成で明快に描きます。色とかたちの対比、画面構成の造形効果を追求し、アヴァンギャルドの騎手として突き進んできたレジェの大舞台となりました。
 しかし第二次世界大戦が始まると、国外へと戦禍を逃れあるいは亡命した多くの前衛的なアーティストたちと同様に、レジェは1940年アメリカに渡ります。気取りがなく庶民的な人々。どぎつい看板やネオン・サイン。雑草のなかに打ち捨てられ、オブジェと化した機械類。バイタリティがあり通俗的で無秩序。鮮烈な対比(コントラスト)を見せるこのアメリカにレジェはひかれます。
 1944年の〈美しい自転車乗り〉は、このアメリカ時代の作品です。自転車はレジェのお気に入りのモチーフの一つでした。「もし私が、ここ(パリ)の上品に着飾った女の子たちしか見ていなかったとしたら、決して「自転車乗り」の連作を描かなかっただろう」と後にレジェは語ります。ショート・パンツをはいた健康的な女性たちがサイクリングの途中で休息する余暇の1日。機能美を備えた軽快な工業製品である自転車のある生活。近代的な生活の一つの形がここに見られます。
 「人間の姿や人体は、鍵や自転車以上に重要だというわけではない」と考えていたレジェ。ヴォリューム感のある角ばった人物も、丸みを帯びた自転車も、ともに機能や意味から自由になって「もの(オブジェ)」と化しています。それらをブロード・ウェイのネオン・サインや舞台照明からヒントを得たとも言われている派手で鮮やかな色の帯が横切ります。
 このような形と色の際だった対比(コントラスト)をアメリカ時代の収穫の一つとして、レジェはこの翌1945年末、大戦終結後の混乱したパリへと帰っていきました。
徳島県立近代美術館ニュース No.90 July.2014 所蔵作品紹介
2014年7月
徳島県立近代美術館 友井伸一