徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
着衣の横たわる母と子
1983年
ブロンズ
138.5×265.5×147.0
ヘンリー・ムーア (1898-1986)
生地:
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ムーア着衣の横たわる母と子
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所蔵作品選1995 徳島新聞連載1990-91

ヘンリー・ムーア 「着衣の横たわる母と子」

安達一樹

 どっしりと横たわる母親の、太くたくましい右腕の中に子どもが横たわっています。母親の肩、腰、脚などが作る、なめらかに起伏する形が全てを大きく包み込むようです。1983年の作品ですが、ここには現代美術という言葉から思い起こされる奇抜な不自然さや派手な感情の表出などはありません。人体をもとにした安定感のある自然な作品という印象を受けるのではないでしょうか。
 しかし、作品を正面、側面、背面といろいろな角度から見ていくと、様々な姿が見えてきます。作品を周りながら見てみましょう。
 まず、正面からは、母親の上半身と右腕がつくる子どもがいる空間と、腰から下の下半身、立て膝をしたような左脚と床面で膝を曲げた右脚とが作る空間があることがわかります。側面では、なめらかな起伏が見え隠れしながら複雑な凹凸の表情を見せます。さらに背面へ回ると、特に脚側の斜め後方からは、背中から腰と脚にかけて一体となった大きな量塊となります。そしてまた正面へと戻ってくると、上半身と下半身の二つの塊が連続的に作る大きなひとつの塊の中に子どものいる空間が内包されていることが改めてわかります。
 ところで、この母親の身体をよく見ると、上半身と下半身の二つの塊は人体としての向きが違っています。下半身は横たわっていますが、上半身は縦向きなのです。頭が肩のラインに対して上向きについていることに注目して見るとよくわかります。下半身側の胸の下部が、上半身側の胸の左側になっています。ムーアはこの部分を、量塊を凹面と凸面の連続的な切り替えで造形するというキュビズム彫刻の造形をひく手法で繋いでいます。この造形は、人体としてあり得ない接続という点では、シュルレアリスム的といえるかもしれません。
 ムーアの経歴をたどると、早い時期には、前衛美術のグループに属したり、シュルレアリスムの展覧会に出品したりもしています。また、生涯を通じて「横たわる人体」を元にしながら抽象化したり分解したり様々な造形的展開を行っています。その一方でムーアは「自分の仕事は決して、世間の言うように、『抽象主義』の芸術ではない。強いて言えば、オルガニック・コンストラクション(有機的構成)とでも言えるかもしれない」と語っています。ムーアは、人体を元にかたちを追い求めた彫刻家ということができますが、「私にとって彫刻とは内部に生命を持ち、生命力がなければならないものである」といっています。これは、近代彫刻の父と称されるフランスの彫刻家オーギュスト・ロダンに近いものです。さらに「彫刻作品が自身の生命と形態を持っているなら(略)それが彫られたものであれ、塑造であれ、内側からの力によって有機的に成長している印象を与えるものである。」といいます。
 ここで上半身と下半身の接続のことを思い起こすと、普通にはあり得ない接続がごく自然に行われているということがいかに重要であるかがわかります。自然なのは、かたちに生命があるからなのです。人体がそれぞれ必要なパーツとして再構成されながら、生命を持った有機的なひとつのかたちとしてあるのが、この子どもを包み込む母親の存在というわけです。
徳島県立近代美術館ニュース No.84 January.2013 所蔵作品紹介
2013年1月
徳島県立近代美術館 安達一樹