徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
三人の女I
1924年
ドライポイント 紙
17.5×13.0
パブロ・ピカソ (1881-1973)
生地:スペイン
データベースから
ピカソ三人の女I
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ピカソの版画

パブロ・ピカソ 「三人の女I」

友井伸一

 皆さんは、ピカソというと、どのような作品を思い浮かべますか。歪んでしまった形、実際にはありえないような色。画面いっぱいに広がった奇妙な色や形が、どんな美人でも、きれいな風景でも、不思議な姿や光景に変化させてしまう。よく言えば力強く自由奔放、でも、悪く言えば、わけの分からない絵。このような印象を持っている人も多いのではないでしょうか。
 今回紹介する3点の作品には、3人の美しい女性の姿が描かれています。「ピカソらしくない絵だな」と感じる人もいるかも知れません。でも、間違いなくピカソの作品です。
 これらの作品が制作された1920年代には、ピカソもまだ40才代です。この頃ピカソは、ロシア・バレー団という、新興ですが斬新な出し物で評判の高かったバレー団の、舞台装飾や衣装を手がけていました。その公演旅行に同行したピカソは、イタリアのローマを訪れ、そこで古代ローマ帝国時代の彫刻や、ミケランジェロのようなルネサンス美術の堂々とした作品に影響を受けます。そして、これらを見習って古典的な作風を展開するようになったのです。
 作品の画題は「三美神」です。これは、ヨーロッパにおける伝統的な画題の一つで、3人の女性は、優雅さや美しさが擬人化されたものです。それぞれ「美」「欲望」「充足」、あるいは「純潔」「美」「愛」などを象徴すると言われています。この女性たちは、実は女神だったのです。
 また、これらは銅版画です。数ある版画技法の中でも、銅版画はとりわけ線の表現に適しています。ここでピカソは、こういった技法の特長を生かして、女神たちの穏やかで気品あふれる理想的な姿を、端正で繊細な線描によって描き出しています。
 さて、3点の図柄はずいぶんよく似ています。それもそのはずで、これらは、ピカソが一つの版に少しずつ修正を加えながら段階的に制作していくという過程で、それぞれ生み出されたものだからです。つまり、初めに〈I〉を刷り、少し手を加えて〈II〉を、さらに〈III〉を、という具合に進めていったわけです。ですから、よく観察すると、どこが変化しているかが分かります。
 というわけで、これらの中では〈III〉が最終の刷りにあたります。しかし、それ以外のものは単なる試作にすぎない、というわけではありません。〈I〉や〈II〉には新鮮な魅力があって、なかなかに味わい深いものです。さて、皆さんはどの段階の刷りに興味を引かれるのでしょうか。
 生涯に約2,000点にも及ぶ大量の版画を制作したピカソは、版画工房の刷り師と共同制作することも多かったのですが、これらの3点は全てピカソ自身が刷り上げました。そして、最終の刷りだけではなく、そこに至るまでの第一刷、第二刷を合わせた3点をそろって見ることができるのは、パリのピカソ美術館をのぞけば、当館だけです。この興味深くて貴重な実例を、ゆっくりと見比べてみてください。そこには、天才と呼ばれた男、ピカソの制作の秘密が隠されているのです。
徳島県立近代美術館ニュース No.33 Apr.2000 所蔵作品紹介
2000年3月
徳島県立近代美術館 友井伸一